通訳案内士のインバウンド考:第3回 下見はガイドの大事なお仕事
「ガイド料金って、正直高いな」と思われたことはありませんか。逆に、私はガイドになる前はその日当を見て「ふむふむ、稼げそうだ!」と安直に思っていました。ただ、実際にガイドとして稼動しはじめると、日当は当日のパフォーマンスのみならず、それまでの準備や下見の時間と労力、費用の対価だということが身にしみてわかりました。今回は私が今年の夏に四国(香川、徳島、愛媛)で行なった下見を例に、「ガイドの裏舞台」をお見せします!
下見の鍵は綿密なヒアリング
この四国での業務はFITのお客様から直接依頼があったもので、京都でお客様と合流した後、高松、徳島、大歩危・祖谷、琴平、松山、広島を7日間でまわるというものでした。大まかな日程や宿泊先はお客様が依頼した旅行会社で決められていましたが、移動手段を含め詳細はガイドにおまかせ。ご依頼を受けた後から数ヶ月間にわたりお客様メールで連絡を取りあい、事前に見たいものや食べたいものなどご要望をお聞きしていたので、この情報をもとに、下見のポイントを決めていきました。
「足」は貴重な下見の道具
お客様の日程では高松に2泊する予定だったので下見は実際の業務より1日少ない6日間としましたが、この6日間のほうが実際にガイディングをしたときよりも大変でした。それもそのはず。下見中の歩く距離は1日平均5キロ以上。暑いなか資料を背負い、場合によってはスーツケースを転がしながら歩くので、ランニングを趣味としている私にもなかなかハードなものです。
こうしてわざわざ歩く理由は2つあります。ひとつは下見の旅費を節約するため。もうひとつは土地勘を身につけるためです。「地図があれば大丈夫だろう」と思われるかもしれませんが、地図だけを頼りに知らないところに行くのはリスクがあります。地図情報が古かったり、道が思ったよりもわかりにくいことが往々にしてあるからです。
また、特にFITのお客様の場合、「ここに行きたい」「これを買いたい」と予定外のリクエストが想定されるので、そのような時にできるだけスムーズに対応できるよう、せめて町の中心地の地理は把握しておきたいのです。当日お客様にご迷惑をおかけしないよう、また自分でも自信をもってガイディングできるよう、私はとにかく歩き回ります。レンタサイクルを利用することもあります。
金比羅山では「熱射病に注意してください」というアナウンスをよそに、お客様に説明するポイントを確認しながらひたすら階段を登り、御本宮まで到達。御本宮の見どころを確認しながら、ついでにツアーの成功を祈るためにお参りをしました。そこで元気を盛り返した私は「よし!奥社も見てみよう!」とさらに30分かけて石段を踏破。1368段の階段を登りきったその先には達成感と疲労感、そして「奥社に登るかどうかは、こちらから積極的にご案内するのはやめておこう。こんなに大変ならお客様の判断にゆだねるのが懸命だな」という「気づき」を得ることができました。
翌日の徳島では八十八ヶ所巡りの第1番から第6番札所を見学。「合計18キロならフルマラソン経験者の私には平気でしょう!」と甘く見ていたのが大間違い。第3番札所の金泉寺から第4番札所の大日寺までの7キロはコンビニも食堂もなく、ひたすら炎天下で歩く「修行」と相成りました。ただし、信じるものは救われるのか、田んぼのあぜ道や山道を何時間もかけて歩き通した「プチ歩き遍路」体験の話は、実際の旅行ではジャンボタクシーで移動したお客様に楽しんで頂けたようです。また、「歩き遍路体験」をするのに丁度良いスポットも見つけたので、お客様にも1キロ弱、緑のきれいなお遍路道を歩いて頂くようご案内することができました。このように、ガイドに大事な「ネタ作り」も自分の「足」で稼いだりもするのです!
地元の人とのコミュニケーションからネタ探し
旅の醍醐味は人と人との触れあいですよね。外国から来たお客様にも是非地元の方々の触れあいを楽しんでいただきたいので、私も下見の時には積極的に出会った方々とお話をするようにしています。また、そうした会話からその地方での面白いお話や意外な特産物、観光スポットなどを教えていただくことがあるので、お客様をご案内するときのヒントになることもよくあります。
また、今回の四国での下見では、同じように旅行をしている人ともお話しをする機会がたくさんありました。なかでも、四国八十八ヶ所第6番札所の安楽寺というお寺で一緒に1泊した「本物」の歩き遍路の方々とのお話は非常に興味深く、歩き遍路をする際には「ゆうちょ銀行を開設する」ことは常識だということや、「道中にこんなお接待を受けた」というお話など、ガイディングをする上でも良いネタをたくさんいただきました!
下見、復習、そして本番
下見旅行中も毎晩その日に見たものをノートにまとめ、次の日の場所の確認をするのですが、帰ってきてからガイド業務に入る日までも、まだやるべきことはたくさんあります。
まず、このとき私の場合はお客様と直接やり取りをしていたので、下見をして気づいた点などについてお客様と確認をとりました。例えば、「高松に加えて直島に行ってみてはどうか」「大歩危ではラフティングも楽しいかもしれない」「折角なので香川ではうどん作りを体験してみては」、といったことをお聞きしました。
また、当然のことながら下見をしてきた観光地の勉強も欠かせません。各観光地の歴史や地理を頭に入れた上でそれをどう伝えるか考え、街をどう歩くかも地図を見ながら復習します。道すがら聞いたお話のほかにお客様が喜ぶ小ネタがないかも、インターネットで調べ、考えます。
こうして本番を迎えます。このときの四国での業務は下見が非常にいきたものとなり、私もガイディングを楽しむことができました。個人的な感覚でいうとガイドの事前の準備は仕事の6割、遠隔地や初めて行く場合は7割から8割のウェイトを占めるように思います。「どんなに近場でも必ず下見をする」というベテランの先輩ガイドがいるように、ガイド業務の成功の鍵は下見、といっても過言ではないのかもしれません。
しかし、現状では下見はガイドが個人単位で行なっているケースが多いようです。ですので、私個人としてはシリーズでインバウンドの旅行がある場合、アサイン予定のガイドを対象に「下見旅行」の企画があればいいのにな、と思います。そんな「ガイド向けツアー」、企画されてみてはいかがでしょうか。きっと一人で行くよりは安いので、私ならお金を払ってでも参加させていただきます!
▽これまでの通訳案内士のインバウンド考
◆通訳案内士のインバウンド考:第2回 質問・疑問はヒントの宝庫(2010/09/07)
◆通訳案内士のインバウンド考:第1回 旅行者の胃袋をつかめ(2010/08/03)
下見の鍵は綿密なヒアリング
この四国での業務はFITのお客様から直接依頼があったもので、京都でお客様と合流した後、高松、徳島、大歩危・祖谷、琴平、松山、広島を7日間でまわるというものでした。大まかな日程や宿泊先はお客様が依頼した旅行会社で決められていましたが、移動手段を含め詳細はガイドにおまかせ。ご依頼を受けた後から数ヶ月間にわたりお客様メールで連絡を取りあい、事前に見たいものや食べたいものなどご要望をお聞きしていたので、この情報をもとに、下見のポイントを決めていきました。
「足」は貴重な下見の道具
お客様の日程では高松に2泊する予定だったので下見は実際の業務より1日少ない6日間としましたが、この6日間のほうが実際にガイディングをしたときよりも大変でした。それもそのはず。下見中の歩く距離は1日平均5キロ以上。暑いなか資料を背負い、場合によってはスーツケースを転がしながら歩くので、ランニングを趣味としている私にもなかなかハードなものです。
こうしてわざわざ歩く理由は2つあります。ひとつは下見の旅費を節約するため。もうひとつは土地勘を身につけるためです。「地図があれば大丈夫だろう」と思われるかもしれませんが、地図だけを頼りに知らないところに行くのはリスクがあります。地図情報が古かったり、道が思ったよりもわかりにくいことが往々にしてあるからです。
また、特にFITのお客様の場合、「ここに行きたい」「これを買いたい」と予定外のリクエストが想定されるので、そのような時にできるだけスムーズに対応できるよう、せめて町の中心地の地理は把握しておきたいのです。当日お客様にご迷惑をおかけしないよう、また自分でも自信をもってガイディングできるよう、私はとにかく歩き回ります。レンタサイクルを利用することもあります。
金比羅山では「熱射病に注意してください」というアナウンスをよそに、お客様に説明するポイントを確認しながらひたすら階段を登り、御本宮まで到達。御本宮の見どころを確認しながら、ついでにツアーの成功を祈るためにお参りをしました。そこで元気を盛り返した私は「よし!奥社も見てみよう!」とさらに30分かけて石段を踏破。1368段の階段を登りきったその先には達成感と疲労感、そして「奥社に登るかどうかは、こちらから積極的にご案内するのはやめておこう。こんなに大変ならお客様の判断にゆだねるのが懸命だな」という「気づき」を得ることができました。
翌日の徳島では八十八ヶ所巡りの第1番から第6番札所を見学。「合計18キロならフルマラソン経験者の私には平気でしょう!」と甘く見ていたのが大間違い。第3番札所の金泉寺から第4番札所の大日寺までの7キロはコンビニも食堂もなく、ひたすら炎天下で歩く「修行」と相成りました。ただし、信じるものは救われるのか、田んぼのあぜ道や山道を何時間もかけて歩き通した「プチ歩き遍路」体験の話は、実際の旅行ではジャンボタクシーで移動したお客様に楽しんで頂けたようです。また、「歩き遍路体験」をするのに丁度良いスポットも見つけたので、お客様にも1キロ弱、緑のきれいなお遍路道を歩いて頂くようご案内することができました。このように、ガイドに大事な「ネタ作り」も自分の「足」で稼いだりもするのです!
地元の人とのコミュニケーションからネタ探し
旅の醍醐味は人と人との触れあいですよね。外国から来たお客様にも是非地元の方々の触れあいを楽しんでいただきたいので、私も下見の時には積極的に出会った方々とお話をするようにしています。また、そうした会話からその地方での面白いお話や意外な特産物、観光スポットなどを教えていただくことがあるので、お客様をご案内するときのヒントになることもよくあります。
また、今回の四国での下見では、同じように旅行をしている人ともお話しをする機会がたくさんありました。なかでも、四国八十八ヶ所第6番札所の安楽寺というお寺で一緒に1泊した「本物」の歩き遍路の方々とのお話は非常に興味深く、歩き遍路をする際には「ゆうちょ銀行を開設する」ことは常識だということや、「道中にこんなお接待を受けた」というお話など、ガイディングをする上でも良いネタをたくさんいただきました!
下見、復習、そして本番
下見旅行中も毎晩その日に見たものをノートにまとめ、次の日の場所の確認をするのですが、帰ってきてからガイド業務に入る日までも、まだやるべきことはたくさんあります。
まず、このとき私の場合はお客様と直接やり取りをしていたので、下見をして気づいた点などについてお客様と確認をとりました。例えば、「高松に加えて直島に行ってみてはどうか」「大歩危ではラフティングも楽しいかもしれない」「折角なので香川ではうどん作りを体験してみては」、といったことをお聞きしました。
また、当然のことながら下見をしてきた観光地の勉強も欠かせません。各観光地の歴史や地理を頭に入れた上でそれをどう伝えるか考え、街をどう歩くかも地図を見ながら復習します。道すがら聞いたお話のほかにお客様が喜ぶ小ネタがないかも、インターネットで調べ、考えます。
こうして本番を迎えます。このときの四国での業務は下見が非常にいきたものとなり、私もガイディングを楽しむことができました。個人的な感覚でいうとガイドの事前の準備は仕事の6割、遠隔地や初めて行く場合は7割から8割のウェイトを占めるように思います。「どんなに近場でも必ず下見をする」というベテランの先輩ガイドがいるように、ガイド業務の成功の鍵は下見、といっても過言ではないのかもしれません。
しかし、現状では下見はガイドが個人単位で行なっているケースが多いようです。ですので、私個人としてはシリーズでインバウンドの旅行がある場合、アサイン予定のガイドを対象に「下見旅行」の企画があればいいのにな、と思います。そんな「ガイド向けツアー」、企画されてみてはいかがでしょうか。きっと一人で行くよりは安いので、私ならお金を払ってでも参加させていただきます!
▽これまでの通訳案内士のインバウンド考
◆通訳案内士のインバウンド考:第2回 質問・疑問はヒントの宝庫(2010/09/07)
◆通訳案内士のインバウンド考:第1回 旅行者の胃袋をつかめ(2010/08/03)
文:旅野朋/通訳案内士(英語)