取材ノート:「アジア大移動時代」における日本のツーリズムとは

マーケティングの基本は「アジア大移動時代」
「大中華圏」のネットワーク型発展

中でも、「ツーリズムで重要なのは人の移動の変化」。1995年当時、日本人出国者の行き先は475万人がアメリカ、中国は87万人だった。しかし2009年にはアメリカ292万人に対し、中国が332万人。訪日外国人数も、1995年はアメリカからが54万人、中国からは22万人だったが、2009年にはアメリカから70万人、中国から101万人に逆転する。大中華圏で数えると263万人となり、これに韓国からの159万人が加わると、実に76%がアジアからの訪問者だ。
寺島氏はまた、「日本観光立国論というが、その実態はアジア交流の進化」とし、「10年以内に年間千数百万人の旅行者を大中華圏と韓国から惹きつけ、観光立国とする構想だ」と指摘。2020年には、中国からインドまで含めたアジアの購買層は20億3000万人に達するとも予想されている。寺島氏は、アジアにおけるこの「うねりのようなエネルギー」をツーリズム議論で視野に入れることが不可欠と強調。観光立国を実現するには、アジア人観光客に対して魅力あるソフトを揃え、カルチャーギャップを克服するだけの「覚悟」が問われていると語る。
ヒントに満ちるシンガポール
観光や医療の付加価値で成功

また、活発な交流を可能にしているのがLCCの存在。寺島氏は、「ジャカルタ/シンガポール間が4000円。クアラルンプール/シンガポール間が3800円という低価格。空港にはLCC専用ターミナルも設けられている」と語る。さらに今年は注目のカジノがオープン。「入場料はシンガポール人だと100シンガポールドルだが、外国人は無料。ターゲットも明確」と、一連の戦略を評価する。
日本観光立国論の鍵
空の改革とリピーターを呼ぶ「装置」

また、インバウンドについては「質と量を充実させた『骨太の観光立国論』」の重要性に触れ、パリ、ジュネーブをモデルに提示。「パリ、ジュネーブは物見遊山の安売りツアー客ばかりで成り立っているのではない。国際機関の中枢がそろい、国連関係者やジャーナリスト達が行かざるを得ないので、1泊500ドルのホテルがいつも満室になる。そのような質の高いリピーターを呼ぶ『装置』、つまり国際組織の本部を持つことが大事」と力説する。
こうした観光振興策の実行の際に求められるのは、分野を超えた視点での計画性という。例えば、付加価値の高いメディカル・ツーリズムを日本で実現することは可能としつつ、ただ観光だけを伸ばそうとするのではなく、「後背地の産業立地まで考える」ことが重要と説明。また、「空港、港湾だけを立派にするのではなく、海、陸、空の総合交通体系」も必要であるとした。
寺島氏は最後に、「ツーリズムは哲学であり、深い思想性が必要。体を動かして実際に自分の目で見るということは、ものすごく意味がある。刺激を受け、考えるきっかけになる。大きくいえばそれが相互理解、平和構築の基盤」であると発言。そして「現在、日本で一番現場を支えている壮年男子」は渡航率が低く、世界を見ていない状況」が、「日本の視野を狭くし、空気を重くしているのではないか」と問いかけた上で、「ツーリズムは単に遊びごとの話ではないということを、強く申し上げたい」と、会議のテーマである「旅の質」をあらためて考えさせる形で結んだ。
取材:福田晴子