観光活性化フォーラム
観光活性化フォーラム

取材ノート:「アジア大移動時代」における日本のツーリズムとは

  • 2010年10月21日
 日本旅行業協会(JATA)は9月24日、「ツーリズム新時代−更なる旅の質を問う」のテーマで国際観光会議を開催し、基調講演に日本総合研究所理事長の寺島実朗氏が登壇した。講演は「世界の構造転換とツーリズム産業の行方」と題し、国際経済の主軸が大きくアジアへとシフトしている状勢を解説。巨視的な観点から、交流拡大と「観光立国」をめざす日本の課題が語られた。

                          
                           
マーケティングの基本は「アジア大移動時代」
「大中華圏」のネットワーク型発展


 寺島氏によると、日本を取りまく状況は今、「アジア大移動時代」へ突入している。戦後から1990年代までの日本は、対米貿易で産業を成り立たせてきた。しかし2000年代には貿易構造の比重が一変。対米は1割強に減少した一方、中国を含むアジア貿易が約5割に増加した。寺島氏は「世界で中国の存在が強まっている。ただし中華人民共和国が単体で成長しているのではない。中国と台湾、香港、シンガポールといった中華圏が資本、人、物流の連携を強め、『大中華圏(グレーターチャイナ)』としてネットワーク型に発展していることを認識すべき」と強調する。

 中でも、「ツーリズムで重要なのは人の移動の変化」。1995年当時、日本人出国者の行き先は475万人がアメリカ、中国は87万人だった。しかし2009年にはアメリカ292万人に対し、中国が332万人。訪日外国人数も、1995年はアメリカからが54万人、中国からは22万人だったが、2009年にはアメリカから70万人、中国から101万人に逆転する。大中華圏で数えると263万人となり、これに韓国からの159万人が加わると、実に76%がアジアからの訪問者だ。

 寺島氏はまた、「日本観光立国論というが、その実態はアジア交流の進化」とし、「10年以内に年間千数百万人の旅行者を大中華圏と韓国から惹きつけ、観光立国とする構想だ」と指摘。2020年には、中国からインドまで含めたアジアの購買層は20億3000万人に達するとも予想されている。寺島氏は、アジアにおけるこの「うねりのようなエネルギー」をツーリズム議論で視野に入れることが不可欠と強調。観光立国を実現するには、アジア人観光客に対して魅力あるソフトを揃え、カルチャーギャップを克服するだけの「覚悟」が問われていると語る。


ヒントに満ちるシンガポール
観光や医療の付加価値で成功


 ここで寺島氏が成功モデルとして挙げたのは、シンガポールだ。「若い人にシンガポールの重要性を伝えておきたい。世界がどう変わろうとしているかが見える」という。例えば、シンガポールはメディカル・ツーリズムの先進国であるとし、「中国本土から検診を受けに行く人が多く、大中華圏の医療センターとして機能している」と紹介。そして、「工業生産力もなく、人口も少ない、資源もない、国土面積は淡路島程度。しかし1人当たりのGDPは日本を上回る」のは、「医療技術や観光、サービスといった、目に見えない財を創り出したため」とし、「資源がなくても付加価値で国を豊かにできることを体現している」と分析した。

 また、活発な交流を可能にしているのがLCCの存在。寺島氏は、「ジャカルタ/シンガポール間が4000円。クアラルンプール/シンガポール間が3800円という低価格。空港にはLCC専用ターミナルも設けられている」と語る。さらに今年は注目のカジノがオープン。「入場料はシンガポール人だと100シンガポールドルだが、外国人は無料。ターゲットも明確」と、一連の戦略を評価する。


日本観光立国論の鍵
空の改革とリピーターを呼ぶ「装置」


 では、日本のツーリズムはこれからどうあるべきか。寺島氏は、キーワードとして“羽田空港の国際化”“LCCの拡大”などを列挙。特に、LCCについては、「ただの安売り航空券という認識では理解できない」と指摘。「2、3時間の移動であれば過剰なサービスは不要という顧客もいるはず。交流を促すにはLCCのビジネスモデルが重要」とし、「100人乗り程度の中型機でアジアの中核都市間をシャトルのようにつなぐ便を、ローコストで提供する」ことが観光の促進につながるとした。

 また、インバウンドについては「質と量を充実させた『骨太の観光立国論』」の重要性に触れ、パリ、ジュネーブをモデルに提示。「パリ、ジュネーブは物見遊山の安売りツアー客ばかりで成り立っているのではない。国際機関の中枢がそろい、国連関係者やジャーナリスト達が行かざるを得ないので、1泊500ドルのホテルがいつも満室になる。そのような質の高いリピーターを呼ぶ『装置』、つまり国際組織の本部を持つことが大事」と力説する。

 こうした観光振興策の実行の際に求められるのは、分野を超えた視点での計画性という。例えば、付加価値の高いメディカル・ツーリズムを日本で実現することは可能としつつ、ただ観光だけを伸ばそうとするのではなく、「後背地の産業立地まで考える」ことが重要と説明。また、「空港、港湾だけを立派にするのではなく、海、陸、空の総合交通体系」も必要であるとした。

 寺島氏は最後に、「ツーリズムは哲学であり、深い思想性が必要。体を動かして実際に自分の目で見るということは、ものすごく意味がある。刺激を受け、考えるきっかけになる。大きくいえばそれが相互理解、平和構築の基盤」であると発言。そして「現在、日本で一番現場を支えている壮年男子」は渡航率が低く、世界を見ていない状況」が、「日本の視野を狭くし、空気を重くしているのではないか」と問いかけた上で、「ツーリズムは単に遊びごとの話ではないということを、強く申し上げたい」と、会議のテーマである「旅の質」をあらためて考えさせる形で結んだ。


取材:福田晴子