現地レポート:インド、ケララ州−癒しや歴史、アートなど多様な可能性

  • 2010年5月14日
新イメージのインドの開拓へ
多様性を見せるケララ州の可能性


 ケララ州はインド半島の最南端西部に位置し、アラビア海と西ゴート山脈のたおやかな山並みに囲まれた緑豊かな美しいエリアだ。ここはアーユルヴェーダ の「本場」として、最近日本でも注目されている。しかし、日本からインドへの観光旅行は、まだまだ「デリー/アグラ/ジャイプール」を巡るいわゆるゴールデントライアングル周遊や、釈尊ゆかりの聖地を巡る旅などに集中しがちだ。新たなデスティネーション開拓が望まれるなか、ケララ州を中心とする南インドは、インド観光の多様性を日本マーケットに紹介するきっかけになりそうだ。


ヨーロッパでは人気のデスティネーション、課題はアクセス

 ケララ州は、ヨーロッパではアジアの観光地として早くから注目されており、今も人気の高いデスティネーションのひとつになっている。海岸沿いにはヨーロッパ人をターゲットにした贅沢なリゾートが点在しており、新ホテルもオープンしている。自然環境から祭りや食事まで、ケララ州には魅力的な素材がたくさんある。

 ところが日本から見ると、ケララ州が遠いデスティネーションであるという現実は見過ごせない。日本からの直行便はなく、8時間かけてデリーまで行っても、国内線でさらに3時間以上のフライトが必要。シンガポール経由やスリランカ経由でケララ州へ行く路線もあるものの、デイリー運航ではない。豪華なリゾートや美しいビーチがあっても、アクセス面で優位にあるバリ島やタイとの差異をアピールするのは容易ではないだろう。






「ケララ州ならでは」のセールスポイント、アーユルヴェーダ

 そこでポイントとなるのが「アーユルヴェーダ」だ。アーユルヴェーダは日本でも雑誌やテレビなどで取り上げられ、エステのメニューに取り入れているスパも増えている。しかし、本来のアーユルヴェーダはインドの伝統的な医療体系。病気の予防や健康管理に重点を置き、体と心、自然環境などのバランスを取り戻して、人間の生命の本質を整えていくものだ。

 「アーユルヴェーダは、ケララの土地と密接に結びついている。ここの独自の自然環境や食べ物などと切り離して、『技術』だけを外へ持っていくことはできない」と、アーユルヴェーダ用の施設のあるリゾート関係者の多くが口を揃える。ケララ州はインドで最も気候が温暖で安定しており、肥沃なデルタ地帯や山岳地帯ではアーユルヴェーダに使われる数千種の薬草が栽培されている。空気中のごみやチリが雨で浄化されるモンスーン(雨季)の時期が、最もアーユルヴェーダに適しているといわれている点も見逃せない。この「ケララ州ならでは」のポイントを上手にアピールすれば、訪問の十分な動機になるだろう。

 ただし、注意が必要なのは、各リゾートや施設の方針と旅行者のニーズとのバランスだ。同じケララ州のなかでも、医療施設としての面を強調し、観光地としての客室やサービス面のアピールが薄い施設や、反対にアーユルヴェーダの治療としては厳格ではないがスパとしては高級感のあるところなど、内容の差はかなり大きい。日本人の嗜好を良く理解した現地オペレーターとの情報交換が必要だろう。


バックウォーターをハウスボートで行く

 ケララ州の海岸線には、バックウォーターと呼ばれる水郷地帯が広がっている。大小の入り江、川、潟、運河、湖などが複雑に繋がりあい、美しい風景を作っている。水辺にはどこまでも椰子の木が並び、柔らかな風に葉を揺らしているのが見える。

 ハウスボートは数室の客室を備えた特別仕様で、宿泊しながら水郷地帯を数日かけて巡るツアーは、ケララ州の観光には欠かせない。ボートには料理人も乗り込んでおり、食事だけをデッキで楽しむ短距離の乗船もアレンジ可能。客室は通常のホテル並みの広さがあり、シンプルだが高級感のあるものも多いので、新婚旅行や熟年カップルの旅にもすすめられる。

 バックウォーターの水の流れ、岸辺の人々の暮らしぶり、行き交う船など風景のすべてが不思議なほどゆったりとしている。ドラマチックな景色の変化はないが、その穏やかな時の流れに心も体もリラックスしてくる。癒しをテーマにした旅なら、日程に余裕をもたせてハウスボートでの宿泊を日程に組み込んでみたい。




清潔感のある街の散策、大航海時代の雰囲気を楽しむ

 ケララ州の歴史は2500年以上前まで遡ることができる。2世紀ごろにはローマ帝国と活発に交易していたといわれ、1498年にバスコダガマがコーチンに上陸してからは、ポルトガル、オランダ、英国とさまざまな国が、香辛料などを求めてやってきた。コーチンには、そのカラフルな歴史を物語る街並みがそのまま残されている。旧ユダヤ人街には1568年に建てられたユダヤ教のシナゴグがあり、バスコダガマが最初に埋葬されたセント・フランシス教会、ポルトガルが築いた砦や美しい壁画で知られるマハラジャの邸宅など、大航海時代の香りをたっぷりと楽しむことができる。

 州都のティルバンナンタプラムにも共通していえることだが、歴史的な建物を眺めながらの街歩きが楽しい。この州は識字率がほぼ100%。平均寿命がインドで一番長く、人々の暮らしは素朴だが穏やかでのんびりしている。街を歩いていても安全で清潔な印象を受けることが多いのが特徴だ。安心感や清潔さを重視する人には、インド旅行への「入門編」として、このエリアをすすめてみるのも一案だろう。




華やかなアートと親しみやすい食文化

 また、祭りやアートの華やかさも忘れてはならない 。カタカリと呼ばれる民族舞踊は、歌舞伎や京劇のルーツ説を唱える人もいるほど完成した様式美を持っている。長時間かけて化粧をしながら、踊り手は人間から神へと変身する。台詞はなく、500以上あるといわれる手の動きや顔の表情で感情を表現するのも見事だ。カタカリは観光用の劇場で鑑賞することも可能で、オーナムやプーラムなど州の有名なお祭りなどとあわせて日程を組むのも面白いだろう。

 もうひとつ「ケララ州ならでは」のポイントは食文化だ。インド料理というと「辛い」というイメージが強い。しかし、南インドの料理はココナツミルクなどをふんだんに使い、スパイシーではあるものの「激辛」とはほど遠い。特にケララ州の主食はお米で、新鮮な魚介類も豊富。生姜を使った味付けなど、日本人にも親しみやすいものが多い。

 ケララ州は大きな可能性を持ちながらも、日本人観光客への訴求力はまだまだという段階だ。各観光ポイントへの移動時の交通事情、手配できるバスの状況、途中のトイレ休憩場所など、ツアーを組む際にはインフラ面での最新情報入手が不可欠といえる。現地オペレーターとの綿密な連携や、日本語ガイドの育成も課題だ。しかし実際に旅してみると、さまざまな不便さや不完全さが、かえって思い出作りにつながっていく。これがケララ州の持つ魅力の奥深さかもしれない。






取材:宮田麻未、写真:神尾明朗