取材ノート:インバウンドの実態−今後のビジネスの課題と対応
JATA経営フォーラムのパネルディスカッションFは「インバウンド 欧州ツアーの展望〜欧州からの訪日ツアー受け入れの実態から学ぶインバウンドビジネスの将来〜」がテーマ。観光庁、大手旅行会社、富裕層特化型旅行会社、ホテルが異なる視点、経験から語った訪日客受け入れの実態報告からは、インバウンドの取り込み拡大や新規参入へのヒントが見えた。コメンテーターは観光庁国際交流推進課長の瓦林康人氏、JTBグローバルマーケティング&トラベルのマーケット戦略部営業企画チームマネージャーの熊田順一氏、東日観光国際旅行部部長の佐藤博史氏、帝国ホテル東京営業部営業二課長の松尾謙一氏。モデレーターは日本旅行国際旅行事業部VJC訪日推進室担当部長の松澤勇夫氏が務めた。
VJCに一定の成果も課題を提示
観光庁の瓦林氏は「訪日外国人3000万人プロジェクト」の第1期として、2003年のビジット・ジャパン・キャンペーン(VJC)開始から現在までの取り組みと成果を報告した。訪日外国人旅行者数は2003年から順調に推移していたが、2007年と2008年は前年並みと足踏み状態で2009年は前年比18.7%減となった。2003年から2007年までで314万人増加しており、そのうち9割が観光客。VJC重点12市場は13.5%増加しており、観光庁は「一定の成果を得た」としながらも、「競合国と比べて露出が小さい、プロモーション効果の検証、民間企業との連携など課題も多い」とする。
また訪日の目的・動機では、すべての市場において日本食への関心が高いという。地域別ではアジア圏がショッピングや温泉に関心が高いのに対して、欧米豪は歴史的建造物の見学や伝統文化・工芸の体験に関心が高い。国としては第1期目標1500万人のうち「1000万人をアジア、特に東アジアを重視」しているが、重点12市場に有望新興市場(インド、ロシア、マレーシア)を加えた15ヶ国・地域に集中して取り組んでいく。
新たなパートナーシップ構築へ
JTBグローバルマーケティング&トラベルでは取扱い人数の25%が欧州からの訪日客で、うち英国、フランス、スペイン、ドイツ、イタリアの5ヶ国で70%を占める。欧州市場の特徴として販売単価が最も高く、国別による1泊あたりの平均単価はドイツ、英国、スペインが9000円台、フランス、イタリアは1万円台。また、旅館利用の比率が米国より若干高く、日本文化への関心が高いとした。都道府県別の販売比率をみると英国、フランスは京都が高く、ドイツ、イタリア、スペインは東京の比率が高い。
今後は非英語圏市場への対策を強化するという。BtoBは多言語スタッフの充実と言語サポート対応、多言語商品の造成を開始し、BtoCでは国別のピーアール展開や伝統文化・現代文化を体験できるモデルコースの提案などに取り組む考えだ。
また、欧州の旅行会社が日本側のランドオペレーターを使わない傾向が増加しつつあることに対しては「直手配は脅威かもしれないが、欧州では日本が認知度の高くないデスティネーションである現状をみると、日本をピーアールする媒体として非常に価値がある」と捉える。防護策として「JTB全体で仕入れ力と在庫力を確保する」「通訳ガイドの質の向上」「着地ならではの視点と、海外から来る人の視点を取り入れたコンテンツの企画力」の3点をあげ、欧州の旅行会社と新しいパートナーシップを築いていきたい考えを披露した。
少人数で富裕層獲得可能、人脈と日本人の特性が有効
東日観光では旅行者をリッチ、ハイエンド、スーパー・ハイエンドに分類している。一例としてリッチ層は個人単価40万円以上(夫婦で80万円以上)、ハイエンドは個人単価が200万円から400万円で20%強の収益率が見込める。スーパー・ハイエンドは常に1泊20万円から100万円のスイートルームに宿泊する層で、「富裕層にこだわらざるを得ない理由がここにある」という。
同社はブルネイ王国の仕事を長年にわたって受けており、年3回から4回の訪日で毎回億単位の費用が動く。また欧米からは伝統工芸やファッション、骨董品などの買い物をしに年数回訪れる富裕層もいる。これらはいずれも個人客で、「組織がなくても目利きのある社員がひとりいればこのタイプの客は扱える」という。
その礎になるのが人脈だ。東日観光は海外に支店を持たず、現地の旅行会社とパートナーシップを築いてきた。欧州では旅行会社は富裕層と密着していて、小さくても歴史のある旅行会社が地元の富裕層を握り、親子代々付きあいが継続していくそうだ。「人間関係を築いていけば小さな旅行会社でも富裕層マーケットを開拓できる。たとえば法人を扱っている旅行会社なら海外からVIPを受け入れる機会もあり、明日からでも富裕層開拓に着手できる」とした。
そのかわり、富裕層を扱うには24時間体制ですべての望みに応えなければならない。富裕層マーケットの獲得には「まめさ」が決め手となるが、こまめな気働きは日本人の特性だ。東日観光ではさらに日本へ富裕層を惹きつけるために新しい情報を発信し続ける努力は怠らないという。
会社を越えた旅行業界のつながりを
帝国ホテルは1980年代に65%だった外国人比率が現在は46%から50%に下がり、日本人客が50%から54%を占める。外国人客の国籍をみると米国が15%、欧州が12%、アジアは12%だが、香港・シンガポールのビジネス客を中心に顕著な伸びを示している。客単価は欧州がやや高くて2万9800円、米国が2万8400円、アジアが2万7700円。ちなみに日本人は3万1500円。
現在は海外拠点を閉鎖するホテルが多いが、帝国ホテルは拠点を持続して国や地域を限定せず、日本人マーケットを含めてさまざまな市場に働きかけ、リスクを分散していくという。今後はレジャー客、MICEを積極的に取り込んでいく考えで、MICEはバンコク、香港、シンガポールとの都市競争が課題になっている。ただしホテル単体での訪日レジャー客の増加やMICEの誘致は難しいため、旅行業界が一体となって取り組む必要性を話した。
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VJCに一定の成果も課題を提示
観光庁の瓦林氏は「訪日外国人3000万人プロジェクト」の第1期として、2003年のビジット・ジャパン・キャンペーン(VJC)開始から現在までの取り組みと成果を報告した。訪日外国人旅行者数は2003年から順調に推移していたが、2007年と2008年は前年並みと足踏み状態で2009年は前年比18.7%減となった。2003年から2007年までで314万人増加しており、そのうち9割が観光客。VJC重点12市場は13.5%増加しており、観光庁は「一定の成果を得た」としながらも、「競合国と比べて露出が小さい、プロモーション効果の検証、民間企業との連携など課題も多い」とする。
また訪日の目的・動機では、すべての市場において日本食への関心が高いという。地域別ではアジア圏がショッピングや温泉に関心が高いのに対して、欧米豪は歴史的建造物の見学や伝統文化・工芸の体験に関心が高い。国としては第1期目標1500万人のうち「1000万人をアジア、特に東アジアを重視」しているが、重点12市場に有望新興市場(インド、ロシア、マレーシア)を加えた15ヶ国・地域に集中して取り組んでいく。
新たなパートナーシップ構築へ
JTBグローバルマーケティング&トラベルでは取扱い人数の25%が欧州からの訪日客で、うち英国、フランス、スペイン、ドイツ、イタリアの5ヶ国で70%を占める。欧州市場の特徴として販売単価が最も高く、国別による1泊あたりの平均単価はドイツ、英国、スペインが9000円台、フランス、イタリアは1万円台。また、旅館利用の比率が米国より若干高く、日本文化への関心が高いとした。都道府県別の販売比率をみると英国、フランスは京都が高く、ドイツ、イタリア、スペインは東京の比率が高い。
今後は非英語圏市場への対策を強化するという。BtoBは多言語スタッフの充実と言語サポート対応、多言語商品の造成を開始し、BtoCでは国別のピーアール展開や伝統文化・現代文化を体験できるモデルコースの提案などに取り組む考えだ。
また、欧州の旅行会社が日本側のランドオペレーターを使わない傾向が増加しつつあることに対しては「直手配は脅威かもしれないが、欧州では日本が認知度の高くないデスティネーションである現状をみると、日本をピーアールする媒体として非常に価値がある」と捉える。防護策として「JTB全体で仕入れ力と在庫力を確保する」「通訳ガイドの質の向上」「着地ならではの視点と、海外から来る人の視点を取り入れたコンテンツの企画力」の3点をあげ、欧州の旅行会社と新しいパートナーシップを築いていきたい考えを披露した。
少人数で富裕層獲得可能、人脈と日本人の特性が有効
東日観光では旅行者をリッチ、ハイエンド、スーパー・ハイエンドに分類している。一例としてリッチ層は個人単価40万円以上(夫婦で80万円以上)、ハイエンドは個人単価が200万円から400万円で20%強の収益率が見込める。スーパー・ハイエンドは常に1泊20万円から100万円のスイートルームに宿泊する層で、「富裕層にこだわらざるを得ない理由がここにある」という。
同社はブルネイ王国の仕事を長年にわたって受けており、年3回から4回の訪日で毎回億単位の費用が動く。また欧米からは伝統工芸やファッション、骨董品などの買い物をしに年数回訪れる富裕層もいる。これらはいずれも個人客で、「組織がなくても目利きのある社員がひとりいればこのタイプの客は扱える」という。
その礎になるのが人脈だ。東日観光は海外に支店を持たず、現地の旅行会社とパートナーシップを築いてきた。欧州では旅行会社は富裕層と密着していて、小さくても歴史のある旅行会社が地元の富裕層を握り、親子代々付きあいが継続していくそうだ。「人間関係を築いていけば小さな旅行会社でも富裕層マーケットを開拓できる。たとえば法人を扱っている旅行会社なら海外からVIPを受け入れる機会もあり、明日からでも富裕層開拓に着手できる」とした。
そのかわり、富裕層を扱うには24時間体制ですべての望みに応えなければならない。富裕層マーケットの獲得には「まめさ」が決め手となるが、こまめな気働きは日本人の特性だ。東日観光ではさらに日本へ富裕層を惹きつけるために新しい情報を発信し続ける努力は怠らないという。
会社を越えた旅行業界のつながりを
帝国ホテルは1980年代に65%だった外国人比率が現在は46%から50%に下がり、日本人客が50%から54%を占める。外国人客の国籍をみると米国が15%、欧州が12%、アジアは12%だが、香港・シンガポールのビジネス客を中心に顕著な伸びを示している。客単価は欧州がやや高くて2万9800円、米国が2万8400円、アジアが2万7700円。ちなみに日本人は3万1500円。
現在は海外拠点を閉鎖するホテルが多いが、帝国ホテルは拠点を持続して国や地域を限定せず、日本人マーケットを含めてさまざまな市場に働きかけ、リスクを分散していくという。今後はレジャー客、MICEを積極的に取り込んでいく考えで、MICEはバンコク、香港、シンガポールとの都市競争が課題になっている。ただしホテル単体での訪日レジャー客の増加やMICEの誘致は難しいため、旅行業界が一体となって取り組む必要性を話した。
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