取材ノート:インバウンド増加へ、ニーズ把握し的確な情報提供を
日本政府観光局(JNTO)が先ごろ開催した「インバウンド旅行振興フォーラム」では、在外事務所長がそれぞれの市場の現況報告と活動方針を発表。各市場の旅行動向をおさえたもので、インバウンドに取り組む旅行会社にも役立つ内容だ。2009年は世界経済危機の影響を受け、訪日外客数は不振ではあるものの、徐々に増やしている市場もある。「今までは神社や仏閣といった伝統文化ばかりでいくぶん生真面目。これからはもっと食やショッピングなどソフト面を紹介していきたい」と語るJNTO理事長の間宮忠敏氏の言葉どおり、ターゲットに対する的確な働きかけが必要だ。
来日者数は世界的に不振も、観光客数が増加した市場も
各国に駐在する事務所長によるプレゼンテーションによると、世界経済危機と新型インフルエンザ、そして円高の影響を受け、どの市場も2009年の訪日外客数は前年比で軒並み下落している。
特に新型インフルエンザによる“パニック”が顕著だったのはアジア圏。中国では報道があったとたんに渡航者数が減少し、昨年6月には前年比40%減にまで落ち込んだ。しかし7月に導入された個人観光ビザが功を奏し、10月の国慶節には25%増に転ずるなど、国の施策や年中行事が日本への渡航者数に大きく影響した。中国市場では不況下でも商用客には大きな変化がなかったものの、観光客は国慶節や夏休みといったホリデーシーズンに集中する。北京事務所長の柏木隆久氏は「この大幅な季節的変動をなくし、平均化していくべき」と述べ、渡航手段や宿泊先を安定して確保する必要性を訴えた。
とはいえ、明るい話題もある。例えばウォン安や新型インフルエンザが深刻な打撃を与えた韓国市場は、昨年11月に伸び率が11%と久しぶりにプラスに転じ、回復の兆しが見えた。これはウォンが以前よりも安くなったとはいえ100円=1300ウォン程度と安定したため、取り扱い旅行会社にとってリスクが減ったこと、ウォン安のおかげで輸出が増え、現地の景気がよくなったことなどが理由としてあげられる。
また、パリ事務所長の長谷川豊氏によると、訪日客数は14万1000人で前年比5%減となったフランス市場でも、観光客に絞ると5.9%増の9万689人と増加傾向にあるという。ほかにも、ドイツのように16ヶ月連続で訪日客数が減少した市場でも、観光客数は「横ばい」といい、レジャー市場には不景気や円高による旅行代金の上昇があっても旅行意欲が強い渡航者が存在することがうかがえる。
情報不足解消を、真のニーズ把握も重要
訪日客数を増やすためには、旅行情報の充実が急務だ。欧米諸国では日本のポップカルチャーや食文化が注目を浴びる一方で、依然として日本は「遠い極東の国」。「物価が高い」というイメージも強く、情報が少ないため現実的に旅先としてプランされるところまできていないのが現状だ。実際のところ、リテーラー自身が日本のことをよく知らず、アピールポイントに欠けることもある。
観光客が増加したフランスでは、同じ海に浮かぶ世界遺産としてモン・サンミッシェルと宮島を配した図柄の広告をエールフランス航空(AF)の機内誌に掲載するなど、日本はフランスに「近く」、そして魅力的な旅先であることをアピールした。また、フランスの有力ガイドブックに全面協力し、日本のガイドブックを作成。ほかに、「ミシュラン東京」が発売されて日本の食への興味が高まったことを受け、フランス語による日本のグルメサイトを立ち上げ、有力紙上でその告知に努めている。
日本の食への興味は他の国でも高まってきているが、おもしろいのは「日本食=和食」ではなく、「日本でいただく食」のことであるということ。必ずしも寿司、てんぷら、懐石料理といった日本食ではなく、ラーメンやお好み焼きといったB級グルメや有名シェフのレストランなどもそれに数えられている。こうした日本の食についてはこれまで海外であまり紹介されることがなかったが、最近はむしろ注目が集まっているという。大衆食は金額も安く、「日本の物価は高い」というイメージを払拭するにも役立ちそうだ。
情報提供は主にインターネットでされる。フランクフルト事務所長の中澤秀朗氏によると、ドイツ市場でもインターネット利用者をターゲットに据え、ウェブサイト内にBBS(掲示板)を設置したところ、日本への旅行を考えている人に対して日本に行ったことのある人からのアドバイスという形ができあがり、うまく機能しているという。
アジア諸国の情報提供もインターネットが主流だが、韓国ではほかに「テレビショッピング」の人気が高いという。温泉1泊、船上クルーズといった短期間のものがメインだが、1回の放映で3500人に売れたというツアーもあり、あなどれない販売ツールとなっている。
宗教や嗜好への理解浸透を
余談的だが、香港事務所長の田口氏が「香港の人は主に広東語を話す。同じ中国語でも“ニーハオ”や“謝謝(シェシェ)”は北京語の発音なので、香港ではちょっと変」と述べていた。親しみをこめて接したつもりでも、同じ中国語でも北京語と広東語ではかなり違うということを知らなかっただけで相手の気分を害する可能性があるという例だが、気軽に聞き流してはいけない。
来日する人々のことを知るのは訪日旅行を促進するだけでなく、長期的に日本を旅先として見てもらうためには重要なポイントである。これはほかの市場でも「現地(日本)の受け入れ姿勢」を望んでいたことからも明らかで、たとえばインドでは菜食主義者が多いだけでなく、海外プロモーション部アジアグループの大上氏によると「インド人はインドカレーしか食べない」といい、和食づくしのもてなし料理よりもインド料理屋を案内するほうが親切なのである。
また、ムスリムの旅行者に関しても同様で、ビュッフェスタイルの食事では特に材料に何が使われているのか、メニューに書いてあれば不安が少ない。豚肉が使われていなくても、ポークエキスが入っているだけでそれを口にすることは宗教上の禁忌に触れる。さらに旅行中でも1日5回の礼拝を欠かさない人もおり、そこに配慮したツアー造成が望まれる。
宗教に関わらず、菜食主義者(ベジタリアン)や絶対菜食主義者(ビーガン)についても、サービスを提供する側にもう少し知識があれば、安心して食事を楽しむことができるだろう。文化や伝統、自然といった観光地の魅力だけでなく、「誰でも楽しく安心して旅行できる国」であるために、受け入れ側にも課題がある。市場の動向を探り魅力をアピールするのと同時に、態勢を整えていきたい。
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◆09年訪日外客数は19%減の679万人、6年ぶり減少−JNTO推計値(2010/01/26)
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特に新型インフルエンザによる“パニック”が顕著だったのはアジア圏。中国では報道があったとたんに渡航者数が減少し、昨年6月には前年比40%減にまで落ち込んだ。しかし7月に導入された個人観光ビザが功を奏し、10月の国慶節には25%増に転ずるなど、国の施策や年中行事が日本への渡航者数に大きく影響した。中国市場では不況下でも商用客には大きな変化がなかったものの、観光客は国慶節や夏休みといったホリデーシーズンに集中する。北京事務所長の柏木隆久氏は「この大幅な季節的変動をなくし、平均化していくべき」と述べ、渡航手段や宿泊先を安定して確保する必要性を訴えた。
とはいえ、明るい話題もある。例えばウォン安や新型インフルエンザが深刻な打撃を与えた韓国市場は、昨年11月に伸び率が11%と久しぶりにプラスに転じ、回復の兆しが見えた。これはウォンが以前よりも安くなったとはいえ100円=1300ウォン程度と安定したため、取り扱い旅行会社にとってリスクが減ったこと、ウォン安のおかげで輸出が増え、現地の景気がよくなったことなどが理由としてあげられる。
また、パリ事務所長の長谷川豊氏によると、訪日客数は14万1000人で前年比5%減となったフランス市場でも、観光客に絞ると5.9%増の9万689人と増加傾向にあるという。ほかにも、ドイツのように16ヶ月連続で訪日客数が減少した市場でも、観光客数は「横ばい」といい、レジャー市場には不景気や円高による旅行代金の上昇があっても旅行意欲が強い渡航者が存在することがうかがえる。
情報不足解消を、真のニーズ把握も重要
訪日客数を増やすためには、旅行情報の充実が急務だ。欧米諸国では日本のポップカルチャーや食文化が注目を浴びる一方で、依然として日本は「遠い極東の国」。「物価が高い」というイメージも強く、情報が少ないため現実的に旅先としてプランされるところまできていないのが現状だ。実際のところ、リテーラー自身が日本のことをよく知らず、アピールポイントに欠けることもある。
観光客が増加したフランスでは、同じ海に浮かぶ世界遺産としてモン・サンミッシェルと宮島を配した図柄の広告をエールフランス航空(AF)の機内誌に掲載するなど、日本はフランスに「近く」、そして魅力的な旅先であることをアピールした。また、フランスの有力ガイドブックに全面協力し、日本のガイドブックを作成。ほかに、「ミシュラン東京」が発売されて日本の食への興味が高まったことを受け、フランス語による日本のグルメサイトを立ち上げ、有力紙上でその告知に努めている。
日本の食への興味は他の国でも高まってきているが、おもしろいのは「日本食=和食」ではなく、「日本でいただく食」のことであるということ。必ずしも寿司、てんぷら、懐石料理といった日本食ではなく、ラーメンやお好み焼きといったB級グルメや有名シェフのレストランなどもそれに数えられている。こうした日本の食についてはこれまで海外であまり紹介されることがなかったが、最近はむしろ注目が集まっているという。大衆食は金額も安く、「日本の物価は高い」というイメージを払拭するにも役立ちそうだ。
情報提供は主にインターネットでされる。フランクフルト事務所長の中澤秀朗氏によると、ドイツ市場でもインターネット利用者をターゲットに据え、ウェブサイト内にBBS(掲示板)を設置したところ、日本への旅行を考えている人に対して日本に行ったことのある人からのアドバイスという形ができあがり、うまく機能しているという。
アジア諸国の情報提供もインターネットが主流だが、韓国ではほかに「テレビショッピング」の人気が高いという。温泉1泊、船上クルーズといった短期間のものがメインだが、1回の放映で3500人に売れたというツアーもあり、あなどれない販売ツールとなっている。
宗教や嗜好への理解浸透を
余談的だが、香港事務所長の田口氏が「香港の人は主に広東語を話す。同じ中国語でも“ニーハオ”や“謝謝(シェシェ)”は北京語の発音なので、香港ではちょっと変」と述べていた。親しみをこめて接したつもりでも、同じ中国語でも北京語と広東語ではかなり違うということを知らなかっただけで相手の気分を害する可能性があるという例だが、気軽に聞き流してはいけない。
来日する人々のことを知るのは訪日旅行を促進するだけでなく、長期的に日本を旅先として見てもらうためには重要なポイントである。これはほかの市場でも「現地(日本)の受け入れ姿勢」を望んでいたことからも明らかで、たとえばインドでは菜食主義者が多いだけでなく、海外プロモーション部アジアグループの大上氏によると「インド人はインドカレーしか食べない」といい、和食づくしのもてなし料理よりもインド料理屋を案内するほうが親切なのである。
また、ムスリムの旅行者に関しても同様で、ビュッフェスタイルの食事では特に材料に何が使われているのか、メニューに書いてあれば不安が少ない。豚肉が使われていなくても、ポークエキスが入っているだけでそれを口にすることは宗教上の禁忌に触れる。さらに旅行中でも1日5回の礼拝を欠かさない人もおり、そこに配慮したツアー造成が望まれる。
宗教に関わらず、菜食主義者(ベジタリアン)や絶対菜食主義者(ビーガン)についても、サービスを提供する側にもう少し知識があれば、安心して食事を楽しむことができるだろう。文化や伝統、自然といった観光地の魅力だけでなく、「誰でも楽しく安心して旅行できる国」であるために、受け入れ側にも課題がある。市場の動向を探り魅力をアピールするのと同時に、態勢を整えていきたい。
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取材:岩佐史絵