取材ノート:2010年の海外旅行は増加傾向、意欲を顕在需要へ−動向予測
財団法人日本交通公社(JTBF)の「第19回旅行動向シンポジウム」で、JTBF主任研究員の黒須宏志氏は「積極性は強まってきている」とし、2010年の海外旅行市場は前年比7.4%増の1660万人と予想した。2009年は厳しい年となったが、消費者の旅行意欲はデフレや円高による割安感により上向いているという。定額給付金の使い道として余暇・レジャーに支出をした人は17.7%、うち7割近くが旅行に使ったという調査結果や、旅行に対する「機会や支出を増やしている」「暮らし向きの変化に関わらず大切にしている」という回答が上昇していることからも、旅行意欲の向上がうかがえる。2010年の旅行市場はどうなっていくのか。黒須氏の発表をまとめた。
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1000円高速の影響、トレンド逆行「割安なことはいいこと」
「数字の背景には社会価値の変化がある」と黒須氏。2009年の旅行業界に大きな影響を与えたものとして、「世界経済危機」「新型インフルエンザ」「土日休日の高速料金1000円化」(1000円高速)をあげたが、景気悪化や新型インフルエンザは影響が大きいものの一過性のものとして捉える。例えば新型インフルエンザの影響は来年には国内旅行で3分の1、海外旅行は2分の1程度まで減るとの予想だ。
しかし、1000円高速のおよぼす影響は一筋縄ではいかないようだ。JTBFが12月に実施した調査によると、およそ2人に1人は1000円高速を利用して、日帰りを含めた旅行をし、需要喚起につながった。その一方、黒須氏は1000円高速が平日旅行の減少を引き起こし、今まで徐々に進んでいた平準化の動きが逆転して、平日から土日に利用が流れたことを指摘する。1000円高速が開始された2009年4月から9月までの「観光目的の宿泊旅行の出発日別シェア」を見ると、平日は29%と前年比6%減となった一方、夏休み、ゴールデンウィーク、土日祝日の出発は昨年より1%から3%上昇している。
平日旅行の減少は旅行客の宿泊数にも変化をもたらした。4月から9月の「出発日別泊数に対する寄与度」を見ると、全体では宿泊日数が2割近く落ち込み、その原因の3分の2が平日旅行の減少によるという。1000円高速で移動自体は安くなっても、割高な土日祝日料金での宿泊を避ける旅行者が増え、おのずと日帰り旅行が増える結果になった。また、国内旅行が割安になることについて「割安になれば国内旅行の魅力は向上」は回答者の70%超、「割安な宿や運賃、ツアーなどの充実は社会的に重要」は60%弱が「まったくその通り」「ある程度そう思う」と答えており、黒須氏は「市場は割安になることはいいことという価値観がある」と分析。旅行の割安感を助長して、値段から価値へのトレンドの逆行にも繋がっているようだ。
パスポート発給者数増、海外旅行市場のポテンシャル膨らむ
1000円高速は国内旅行に直接の影響をおよぼし、2010年の国内宿泊数の延泊数(旅行回数×平均泊数)の見通しは0.2%の微増という厳しい見通しだが、海外旅行市場は2010年、追い風が吹いている。国際収支統計に基づく推計値では2009年10月の海外旅行単価は昨年同期比17.4%減。国内旅行の宿泊数減少に続き、またしても厳しい数字だが、1000円高速やデフレ、円高といった割安感により、全体的な消費者の旅行マインドが着実に回復してきている。
特に海外旅行に関しては、2009年の1月から10月のパスポート発給者数が前年比で6.2%増加しており、黒須氏は「パスポートの取得者数が多いときは市場のポテンシャルが膨らんでいる時」と期待する。マーケットの成熟化が進み、海外旅行は経験値の高い旅行者が席巻しており、新しい層の取り込みが課題であったが、パスポート取得者のうち海外旅行の経験0回が5%、1回から5回が45%で、半数が低経験値層。特に九州では0回が9%、1回から5回を含め59%が経験値の低い層で、「希望に満ちた数字」という。
ただし、実際に海外旅行を実施した人の割合を見ると、この1年で実際に海外旅行をした経験値の少ない消費者は11%、九州だけではわずか8%で、海外旅行の低経験値の層がもっと海外旅行に行くよう促進することが鍵となる。黒須氏は「経験の少ない人は続けて行く意欲が少ない」とし、「2010年はチャンスを逃さず、海外旅行に行ってもらうよう積極的に努力する必要がある」と強調。「日本の海外旅行の裾野を広げ、3年から10年後の市場拡大に繋がる」と、将来に繋がる期待も示した。
期待のマーケットは女性、シニア層
旅行者数の動向を地域別、性年代別で見ると、2009年は男女のはっきりとした差、そして「西高東低」の傾向が見られた。どの地域、年齢層でも男性の旅行者数は落ち込んだ一方、GDPが2桁減少する厳しい経済状況にありながら、女性には伸びが見られた。特に西日本の女性層はどの年代も強く、この傾向は来年も続くと予想される。また、年代別でのパスポート発給者数でも60才以上のシニア層は男女ともに20%程度と堅調な伸びを記録、来年の市場をリードする層となりそうだ。
一方、性年代別の出国率動向を見ると今年は従来、旅行に対する消費性向が高かったいわゆる「アラフォー」女性やアクティブシニアの旅行者数が伸び悩んだ一方、90年代半ばから減少・停滞傾向にあった20代OL層が増加。デフレの影響で「海外旅行が安い、今行かねば損だ」という消費者心理が働いたようだ。この状況を活かして引き続き20代のマーケットを拡大していきたいという思いが業界としてあるものの、この層の需要が伸びていくには「今後の雇用状況次第」と見ている。
首都圏空港容量拡大も需要喚起にはおよばず
消費者の旅行マインドが高まっている中、来年は成田空港と羽田空港の容量拡大というチャンスが到来する。成田と羽田をあわせた現在の20.9万回から2010年3月には成田の増枠により22.9万回、2010年10月には羽田の昼間時間帯枠、深夜早朝時間帯枠増加により25万回以上となり、従来の20%増加すると想定される。
しかし、もともと便数は増えても機材の小型化により席数はそこまで増えないのではないかという予想があったが、さらに日本航空(JL)の大幅な減便が2010年3月以降の新規就航や増便を相殺することになり、期待程には供給量は増加しないようだ。OAGスケジュールデータに基づいたJTBFの試算では、日本発の国際線座席供給量は2010年第3四半期までに前年同期比1.1%。伸びは極めて緩やかなものとなりそうだ。
方面別で見ると、2010年上期の国際線座席数はドバイ・アブダビ経由のヨーロッパ、北米、オセアニアが増加する一方、人気の近場方面であり、旅行需要の伸びが予想される北東アジアや東南アジアで減少し、供給量減少の影響が出る可能性を指摘。全体では供給量がボトルネックになることは考えられないとするものの、需要喚起にはつながらないと見ている。
2009年は厳しい状況が二重三重にもなっていたが、2010年に向けてわずかながら回復の兆しが見えてきた。プラス要素、マイナス要素が交錯する中ではあるが、一つ一つのチャンスを活かし、節目となる2010年での旅行市場の成長を期待したい。
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1000円高速の影響、トレンド逆行「割安なことはいいこと」
「数字の背景には社会価値の変化がある」と黒須氏。2009年の旅行業界に大きな影響を与えたものとして、「世界経済危機」「新型インフルエンザ」「土日休日の高速料金1000円化」(1000円高速)をあげたが、景気悪化や新型インフルエンザは影響が大きいものの一過性のものとして捉える。例えば新型インフルエンザの影響は来年には国内旅行で3分の1、海外旅行は2分の1程度まで減るとの予想だ。
しかし、1000円高速のおよぼす影響は一筋縄ではいかないようだ。JTBFが12月に実施した調査によると、およそ2人に1人は1000円高速を利用して、日帰りを含めた旅行をし、需要喚起につながった。その一方、黒須氏は1000円高速が平日旅行の減少を引き起こし、今まで徐々に進んでいた平準化の動きが逆転して、平日から土日に利用が流れたことを指摘する。1000円高速が開始された2009年4月から9月までの「観光目的の宿泊旅行の出発日別シェア」を見ると、平日は29%と前年比6%減となった一方、夏休み、ゴールデンウィーク、土日祝日の出発は昨年より1%から3%上昇している。
平日旅行の減少は旅行客の宿泊数にも変化をもたらした。4月から9月の「出発日別泊数に対する寄与度」を見ると、全体では宿泊日数が2割近く落ち込み、その原因の3分の2が平日旅行の減少によるという。1000円高速で移動自体は安くなっても、割高な土日祝日料金での宿泊を避ける旅行者が増え、おのずと日帰り旅行が増える結果になった。また、国内旅行が割安になることについて「割安になれば国内旅行の魅力は向上」は回答者の70%超、「割安な宿や運賃、ツアーなどの充実は社会的に重要」は60%弱が「まったくその通り」「ある程度そう思う」と答えており、黒須氏は「市場は割安になることはいいことという価値観がある」と分析。旅行の割安感を助長して、値段から価値へのトレンドの逆行にも繋がっているようだ。
パスポート発給者数増、海外旅行市場のポテンシャル膨らむ
1000円高速は国内旅行に直接の影響をおよぼし、2010年の国内宿泊数の延泊数(旅行回数×平均泊数)の見通しは0.2%の微増という厳しい見通しだが、海外旅行市場は2010年、追い風が吹いている。国際収支統計に基づく推計値では2009年10月の海外旅行単価は昨年同期比17.4%減。国内旅行の宿泊数減少に続き、またしても厳しい数字だが、1000円高速やデフレ、円高といった割安感により、全体的な消費者の旅行マインドが着実に回復してきている。
特に海外旅行に関しては、2009年の1月から10月のパスポート発給者数が前年比で6.2%増加しており、黒須氏は「パスポートの取得者数が多いときは市場のポテンシャルが膨らんでいる時」と期待する。マーケットの成熟化が進み、海外旅行は経験値の高い旅行者が席巻しており、新しい層の取り込みが課題であったが、パスポート取得者のうち海外旅行の経験0回が5%、1回から5回が45%で、半数が低経験値層。特に九州では0回が9%、1回から5回を含め59%が経験値の低い層で、「希望に満ちた数字」という。
ただし、実際に海外旅行を実施した人の割合を見ると、この1年で実際に海外旅行をした経験値の少ない消費者は11%、九州だけではわずか8%で、海外旅行の低経験値の層がもっと海外旅行に行くよう促進することが鍵となる。黒須氏は「経験の少ない人は続けて行く意欲が少ない」とし、「2010年はチャンスを逃さず、海外旅行に行ってもらうよう積極的に努力する必要がある」と強調。「日本の海外旅行の裾野を広げ、3年から10年後の市場拡大に繋がる」と、将来に繋がる期待も示した。
期待のマーケットは女性、シニア層
旅行者数の動向を地域別、性年代別で見ると、2009年は男女のはっきりとした差、そして「西高東低」の傾向が見られた。どの地域、年齢層でも男性の旅行者数は落ち込んだ一方、GDPが2桁減少する厳しい経済状況にありながら、女性には伸びが見られた。特に西日本の女性層はどの年代も強く、この傾向は来年も続くと予想される。また、年代別でのパスポート発給者数でも60才以上のシニア層は男女ともに20%程度と堅調な伸びを記録、来年の市場をリードする層となりそうだ。
一方、性年代別の出国率動向を見ると今年は従来、旅行に対する消費性向が高かったいわゆる「アラフォー」女性やアクティブシニアの旅行者数が伸び悩んだ一方、90年代半ばから減少・停滞傾向にあった20代OL層が増加。デフレの影響で「海外旅行が安い、今行かねば損だ」という消費者心理が働いたようだ。この状況を活かして引き続き20代のマーケットを拡大していきたいという思いが業界としてあるものの、この層の需要が伸びていくには「今後の雇用状況次第」と見ている。
首都圏空港容量拡大も需要喚起にはおよばず
消費者の旅行マインドが高まっている中、来年は成田空港と羽田空港の容量拡大というチャンスが到来する。成田と羽田をあわせた現在の20.9万回から2010年3月には成田の増枠により22.9万回、2010年10月には羽田の昼間時間帯枠、深夜早朝時間帯枠増加により25万回以上となり、従来の20%増加すると想定される。
しかし、もともと便数は増えても機材の小型化により席数はそこまで増えないのではないかという予想があったが、さらに日本航空(JL)の大幅な減便が2010年3月以降の新規就航や増便を相殺することになり、期待程には供給量は増加しないようだ。OAGスケジュールデータに基づいたJTBFの試算では、日本発の国際線座席供給量は2010年第3四半期までに前年同期比1.1%。伸びは極めて緩やかなものとなりそうだ。
方面別で見ると、2010年上期の国際線座席数はドバイ・アブダビ経由のヨーロッパ、北米、オセアニアが増加する一方、人気の近場方面であり、旅行需要の伸びが予想される北東アジアや東南アジアで減少し、供給量減少の影響が出る可能性を指摘。全体では供給量がボトルネックになることは考えられないとするものの、需要喚起にはつながらないと見ている。
2009年は厳しい状況が二重三重にもなっていたが、2010年に向けてわずかながら回復の兆しが見えてきた。プラス要素、マイナス要素が交錯する中ではあるが、一つ一つのチャンスを活かし、節目となる2010年での旅行市場の成長を期待したい。
取材:安井久美