取材ノート:今、求められる人材−シンポジウムで議論
一橋大学とNPO法人産学連携推進機構、財団法人日本交通公社からなるホスピタリティ・マネジメント高度経営人材育成プログラム開発コンソーシアムは、このほど「人材育成が観光・ホスピタリティ産業の未来を拓く」と題したシンポジウムを開催した。一橋大学大学院商学研究科経営学修士コース(HMBA)に観光・ホスピタリティ科目が新設されてまもなく1年。この分野における経営幹部候補生や地域経営を担うリーダーの人材育成を目的にした、産学官連携の取り組みに注目が集まる。今回の基調講演には国内リゾートの再生を手がける星野リゾート代表取締役社長の星野佳路氏が登壇。有識者はじめHMBAの観光・ホスピタリティ科目1期生、他大生らも参加して、活発な議論が交わされた。
星野氏がめざす日本製リゾートへの挑戦になぞる
HMBAに寄付講義を提供するジェイティービー代表取締役社長の田川博己氏は、冒頭挨拶で「これまで感性や経験則に頼られてきたものを産業論として学ぶ実験的プログラム」とした上で幹部候補となる人材育成の重要性を説き、続く経済産業省商務情報政策局参事官の城福健陽氏は、「地域密着の高度人材育成は喫緊の課題で、産業界と大学の連携は欠かせない」と強調。「素材と人材、2つの材が必要」と語る観光庁・観光地域振興部観光資源課長の和田浩一氏も高等教育におけるマネジメント・プログラムの必要性を力説した。
キックオフからちょうど1年。2009年4月には東日本旅客鉄道(JR東日本)とJTBの寄付講義である「サービス・マネジメント」と「ホスピタリティ・マネジメント」科目を新設し、授業をスタートした。そのためか会場には、同科目の1期生や他大生らの若い姿も目立つ。
そうしたなかでひときわ衆目を集めたのが、国内リゾートの再生で手腕を奮う星野リゾート代表取締役社長の星野佳路氏だ。「日本製リゾートへの挑戦」と題した約1時間の基調講演では、現場で拾ったアンケートの声を集約。係数を用いた分析結果が実体験を通じて語られるなど、リゾート運営だけでなく今後の観光学のあり方にも布石を投じた。ことさら講演後には、星野氏と懇談しようと学生たちの長い列が印象的であった。
日本のものづくりのノウハウを取り入れ生産性の向上を
星野氏の運営手腕は欧米の先進事例ばかりでない点で、実業界で凌ぎを削るものもまた、興味をもって耳を傾けた。特に顧客満足度(以下、CS)と利益率とのせめぎあい――CSにコストをかけると利益率が落ち、CSを犠牲にして利益を追求すると持続可能な事業が成立しない点に話が及ぶと、会場には同調に似たどよめきが。「CSと利益率の間に介在する“ブラックボックス”を科学的にアプローチする研究は、米国大手流通業などではすでに行なわれているが、そのメカニズムは未だ実証されていない(星野氏)」として、この分野における研究に期待する。
また、自社が運営する観光リゾートのCSデータをもとに業務改善や法則さがし、リピーター対応など独自の分析結果を公開。「ビュッフェの法則」や「リピートモデルの概念図」など、諸分析から浮かび上がるのは「生産性向上の秘訣が日本のものづくりのノウハウにある」点。例えば運営効率を上げる善処策として“マルチタスク(同時に複数の仕事ができるスキル保持者)”の人材育成があげられた。製造業でいう従業員の“多能工”化は、観光リゾートの現場でも生産性向上によい結果をもたらすと語る。
企業の人事担当者たちが求める人材
星野氏の講演のあとHMBA教授の山内弘隆氏を座長に、全日空(NH)、JR東日本、JTBの役員や人事担当者などが登壇し、星野氏とともにパネルディスカッションが行なわれ、求められる人物像が語られた。
輩出した研究者たちの活躍の場が将来、果たして用意されているのかが疑問視されるなか、「プロデューサー的役割ができる自立創造型」(JTB・山添氏)「農業など、地方でのマネジメントにも長けた人材」(JR東日本・最明氏)、航空自由化が進むなか「サービス確保とイノベーションに対応しうる」(NH・片野坂氏)、「精神的にもタフな」(星野氏)人材育成が求められた。
最後に星野氏は地方に人材を呼び込むインターンシップの導入を提案すると同時に、「ケーススタディではなく(大学院では)徹底的に理論を学んでほしい」と言明。コーディネーターを務めた山内氏が「教育と研究が我々の使命」と応えると、星野氏は「ビジネススクールとの差別化を」と注文も。ちなみに同科目の1期生は新卒と企業派遣含む既卒が二分する人員構成という。厳しい環境下にある観光産業の将来に、金の卵たちは風穴をあけることができるのか。「知」と現場のせめぎあいが、今後どのように発展するかに注目が集まる。
▽パネルディスカッション登壇者
・コーディネーター
山内弘隆氏(一橋大学大学院商学研究科・商学部教授)
・パネラー
星野佳路氏(星野リゾート代表取締役社長)
片野坂真哉氏(全日本運輸取締役執行役員・営業推進本部長)
最明仁氏(東日本旅客鉄道経営企画部観光プロジェクト次長)
山添信俊氏(ジェイティービー人事企画担当部長)
▽関連記事
◆JTB田川社長、「厳しい時こそ人材育成を」−関連シンポジウムで挨拶 (2009/12/04)
星野氏がめざす日本製リゾートへの挑戦になぞる
HMBAに寄付講義を提供するジェイティービー代表取締役社長の田川博己氏は、冒頭挨拶で「これまで感性や経験則に頼られてきたものを産業論として学ぶ実験的プログラム」とした上で幹部候補となる人材育成の重要性を説き、続く経済産業省商務情報政策局参事官の城福健陽氏は、「地域密着の高度人材育成は喫緊の課題で、産業界と大学の連携は欠かせない」と強調。「素材と人材、2つの材が必要」と語る観光庁・観光地域振興部観光資源課長の和田浩一氏も高等教育におけるマネジメント・プログラムの必要性を力説した。
キックオフからちょうど1年。2009年4月には東日本旅客鉄道(JR東日本)とJTBの寄付講義である「サービス・マネジメント」と「ホスピタリティ・マネジメント」科目を新設し、授業をスタートした。そのためか会場には、同科目の1期生や他大生らの若い姿も目立つ。
そうしたなかでひときわ衆目を集めたのが、国内リゾートの再生で手腕を奮う星野リゾート代表取締役社長の星野佳路氏だ。「日本製リゾートへの挑戦」と題した約1時間の基調講演では、現場で拾ったアンケートの声を集約。係数を用いた分析結果が実体験を通じて語られるなど、リゾート運営だけでなく今後の観光学のあり方にも布石を投じた。ことさら講演後には、星野氏と懇談しようと学生たちの長い列が印象的であった。
日本のものづくりのノウハウを取り入れ生産性の向上を
星野氏の運営手腕は欧米の先進事例ばかりでない点で、実業界で凌ぎを削るものもまた、興味をもって耳を傾けた。特に顧客満足度(以下、CS)と利益率とのせめぎあい――CSにコストをかけると利益率が落ち、CSを犠牲にして利益を追求すると持続可能な事業が成立しない点に話が及ぶと、会場には同調に似たどよめきが。「CSと利益率の間に介在する“ブラックボックス”を科学的にアプローチする研究は、米国大手流通業などではすでに行なわれているが、そのメカニズムは未だ実証されていない(星野氏)」として、この分野における研究に期待する。
また、自社が運営する観光リゾートのCSデータをもとに業務改善や法則さがし、リピーター対応など独自の分析結果を公開。「ビュッフェの法則」や「リピートモデルの概念図」など、諸分析から浮かび上がるのは「生産性向上の秘訣が日本のものづくりのノウハウにある」点。例えば運営効率を上げる善処策として“マルチタスク(同時に複数の仕事ができるスキル保持者)”の人材育成があげられた。製造業でいう従業員の“多能工”化は、観光リゾートの現場でも生産性向上によい結果をもたらすと語る。
企業の人事担当者たちが求める人材
星野氏の講演のあとHMBA教授の山内弘隆氏を座長に、全日空(NH)、JR東日本、JTBの役員や人事担当者などが登壇し、星野氏とともにパネルディスカッションが行なわれ、求められる人物像が語られた。
輩出した研究者たちの活躍の場が将来、果たして用意されているのかが疑問視されるなか、「プロデューサー的役割ができる自立創造型」(JTB・山添氏)「農業など、地方でのマネジメントにも長けた人材」(JR東日本・最明氏)、航空自由化が進むなか「サービス確保とイノベーションに対応しうる」(NH・片野坂氏)、「精神的にもタフな」(星野氏)人材育成が求められた。
最後に星野氏は地方に人材を呼び込むインターンシップの導入を提案すると同時に、「ケーススタディではなく(大学院では)徹底的に理論を学んでほしい」と言明。コーディネーターを務めた山内氏が「教育と研究が我々の使命」と応えると、星野氏は「ビジネススクールとの差別化を」と注文も。ちなみに同科目の1期生は新卒と企業派遣含む既卒が二分する人員構成という。厳しい環境下にある観光産業の将来に、金の卵たちは風穴をあけることができるのか。「知」と現場のせめぎあいが、今後どのように発展するかに注目が集まる。
▽パネルディスカッション登壇者
・コーディネーター
山内弘隆氏(一橋大学大学院商学研究科・商学部教授)
・パネラー
星野佳路氏(星野リゾート代表取締役社長)
片野坂真哉氏(全日本運輸取締役執行役員・営業推進本部長)
最明仁氏(東日本旅客鉄道経営企画部観光プロジェクト次長)
山添信俊氏(ジェイティービー人事企画担当部長)
▽関連記事
◆JTB田川社長、「厳しい時こそ人材育成を」−関連シンポジウムで挨拶 (2009/12/04)
取材:千葉千枝子