取材ノート:アメリカ入国審査の現状、「訪れたくなる」イメージ向上の鍵
「ビジター・フレンドリーな国アメリカ」へ
アメリカ国土安全保障省(DHS)はマイアミで開催された「インターナショナル・パウワウ2009」で大規模なブースを設置し、旅行業界の人々にUS-VISITプログラムなど、入国審査にかかわるさまざまな事柄に理解を求めた。5月19日には特別記者会見を開き、電子渡航認証システム(ESTA)や生体認証システム、新しい出国手続きシステムなどの説明をした。
現在、USトラベル・アソシエーションを中心とする米国の旅行業界関係者は、ここ数年懸案となっている旅行促進法(TPA:Travel Promotion Act)の成立に向けて活発なロビー活動をしている。この法案が議会を通れば、観光でアメリカを訪れる旅行客のビザの取得が容易になり、観光業界全体が活性化すると期待されている。とりわけ、入国手続きの簡易化はこの法案の中でも最も注目されているもののひとつだ。
9.11テロ事件以来、強化されたアメリカの入国審査は、その厳しさ、複雑さ、プロセスにかかる時間の長さなど、どれも観光客にとっては好ましいものとは受け止められていない。そればかりか、ディスティネーションを選択する際のマイナス要素になっていると見る旅行業界関係者は少なくない。観光客が最初に接する「アメリカ」が入国審査の場であるだけに、そこで与えられるイメージはきわめて重要である。
USトラベル・アソシエーションのプレジデント兼CEOのロジャー・ダウ氏は、今年のパウワウの基調演説で「ビジター・フレンドリーな国アメリカ」を訴えたが、旅行客に優しく、何度でも訪れたくなる国としてのアメリカを開発するには、この入国審査の問題を避けて通ることはできないだろう。
6年目に入ったUS-VISITと入国審査の現状
2004年に生体認証のシステムが導入されて以来、入国に際して実施される指紋の採取や顔写真の撮影は年々、高度化している。2007年からは、指紋は左右1本ずつから10指全部を採取する方式に移行し、今年は入国審査を実施するすべての空港で10指での指紋採取の設備が整えらることになっている。パウワウでの記者会見で、DHSのUS-VISITプログラムの副ディレクターであるショニー・リオン氏は「10指の指紋採取によって情報がより確実なものとなり、犯罪者がアメリカに侵入するのを防ぎやすくなる」と強調。さらに、指紋採取の機器も精密なものとなっており、2本採取の時と所要時間はほとんど変わらないことを説明した。
しかし、生体認証システムの導入以来、もっとも懸念されているのがこの「所要時間」だ。「入国審査に時間がかかったので乗り継ぎ便を逃してしまった」という事態もめずらしくない。ほとんどの航空会社は入国審査を含む乗り継ぎ時間の設定を、依然として最低90分としているため、入国審査が30分以上かかった場合「落ち着いて乗り継ぎできる」というのは難しい。
また、記者会見では、ヨーロッパから来た記者が「指紋がうまく採取できないと別室に連れて行かれ、何の説明もないまま放っておかれた」などという質問を投げかける場面もあり、「状況がわからないので説明できないが、そのような場合は『スーパーバイザーを呼んでくれ』と頼んでほしい」と困惑気味の回答であった。指紋採取用機器の性能の問題でもあるが、指先が乾燥していたり、前の人の指紋がべったりと残っていたりした場合、機械がうまく読み取れないことがあるようで、やり直しをさせられている光景はしばしば見かけられる。また、10本採取の場合、まず4本の指を採取し、それから親指を採取するのだが、親指を置く位置がわかりにくい。日本人など英語が母国語でない人々にとっては、英語での指示はなかなか聞き取りにくいのではと思われる。
入国審査時の審査官と入国者とのやりとりの適切さや人あたりの良さが、アメリカのイメージを大きく左右することは否めない。この点についてアメリカ税関国境警備局(CBP)のESTA担当ディレクターであるビバリー・グッド氏は「入国者が『自分はアメリカに歓迎されている』と感じてもらえるような応対ができるよう、入国審査官のトレーニングを強化している。審査官の数を増やしたり、審査のブースを増やしたりするなど、各地で改善に努めている」と語った。今回のパウワウでは、マイアミ空港で入国審査を受ける人々のために専用ブースを設け、CPBが情況に応じて柔軟な対応する用意があることを示した。
これに加え、リオン氏は「ESTAの導入により、今後はI-94Wの記入が不要になり、生体認証のシステムとあわせて利点が非常に多い」と述べ、US-VISITプログラムの利点面にも目を向けてほしいと強調した。
出国審査の導入へ
US-VISITの今後の流れとして最も注目されるのが、生体認証による出国手続きだ。現在はESTAに登録した人も従来通りI-94Wの書類に記入し、出国時には航空会社の担当者に手渡して出国することになっている。そのため、ESTAと生体認証の併用によって書類を不要にしていくためには、出国手続きを変えていく必要がある。DHSは、アトランタ空港やデトロイト空港において、生体認証によって出国記録をとるシステムを試験的に導入。今年は同様の試験プログラムを12空港まで増やし、生体認証による出国手続きを拡大していく予定だ。
DHSは「国の安全を確保しながらも、アメリカは門戸を開いて世界から人々を迎え入れる」という姿勢を示しており、生体認証に関する最新情報を発信するメルマガやウェブサイトの開設、解説冊子やビデオの制作などにも力を入れていくという。入国審査を一種の「サービス」として位置づけ、審査官の質の向上と使用機器の精度向上が望まれる。
なお、在日アメリカ大使館によると、I-94Wは最終的に廃止されるが、その期限はいまのところ定まっていないという。
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◆ より旅行者に優しいアメリカへ−パウワウ、日本のインフル反応に苦言も(05.21)
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現在、USトラベル・アソシエーションを中心とする米国の旅行業界関係者は、ここ数年懸案となっている旅行促進法(TPA:Travel Promotion Act)の成立に向けて活発なロビー活動をしている。この法案が議会を通れば、観光でアメリカを訪れる旅行客のビザの取得が容易になり、観光業界全体が活性化すると期待されている。とりわけ、入国手続きの簡易化はこの法案の中でも最も注目されているもののひとつだ。
9.11テロ事件以来、強化されたアメリカの入国審査は、その厳しさ、複雑さ、プロセスにかかる時間の長さなど、どれも観光客にとっては好ましいものとは受け止められていない。そればかりか、ディスティネーションを選択する際のマイナス要素になっていると見る旅行業界関係者は少なくない。観光客が最初に接する「アメリカ」が入国審査の場であるだけに、そこで与えられるイメージはきわめて重要である。
USトラベル・アソシエーションのプレジデント兼CEOのロジャー・ダウ氏は、今年のパウワウの基調演説で「ビジター・フレンドリーな国アメリカ」を訴えたが、旅行客に優しく、何度でも訪れたくなる国としてのアメリカを開発するには、この入国審査の問題を避けて通ることはできないだろう。
6年目に入ったUS-VISITと入国審査の現状
2004年に生体認証のシステムが導入されて以来、入国に際して実施される指紋の採取や顔写真の撮影は年々、高度化している。2007年からは、指紋は左右1本ずつから10指全部を採取する方式に移行し、今年は入国審査を実施するすべての空港で10指での指紋採取の設備が整えらることになっている。パウワウでの記者会見で、DHSのUS-VISITプログラムの副ディレクターであるショニー・リオン氏は「10指の指紋採取によって情報がより確実なものとなり、犯罪者がアメリカに侵入するのを防ぎやすくなる」と強調。さらに、指紋採取の機器も精密なものとなっており、2本採取の時と所要時間はほとんど変わらないことを説明した。
しかし、生体認証システムの導入以来、もっとも懸念されているのがこの「所要時間」だ。「入国審査に時間がかかったので乗り継ぎ便を逃してしまった」という事態もめずらしくない。ほとんどの航空会社は入国審査を含む乗り継ぎ時間の設定を、依然として最低90分としているため、入国審査が30分以上かかった場合「落ち着いて乗り継ぎできる」というのは難しい。
また、記者会見では、ヨーロッパから来た記者が「指紋がうまく採取できないと別室に連れて行かれ、何の説明もないまま放っておかれた」などという質問を投げかける場面もあり、「状況がわからないので説明できないが、そのような場合は『スーパーバイザーを呼んでくれ』と頼んでほしい」と困惑気味の回答であった。指紋採取用機器の性能の問題でもあるが、指先が乾燥していたり、前の人の指紋がべったりと残っていたりした場合、機械がうまく読み取れないことがあるようで、やり直しをさせられている光景はしばしば見かけられる。また、10本採取の場合、まず4本の指を採取し、それから親指を採取するのだが、親指を置く位置がわかりにくい。日本人など英語が母国語でない人々にとっては、英語での指示はなかなか聞き取りにくいのではと思われる。
入国審査時の審査官と入国者とのやりとりの適切さや人あたりの良さが、アメリカのイメージを大きく左右することは否めない。この点についてアメリカ税関国境警備局(CBP)のESTA担当ディレクターであるビバリー・グッド氏は「入国者が『自分はアメリカに歓迎されている』と感じてもらえるような応対ができるよう、入国審査官のトレーニングを強化している。審査官の数を増やしたり、審査のブースを増やしたりするなど、各地で改善に努めている」と語った。今回のパウワウでは、マイアミ空港で入国審査を受ける人々のために専用ブースを設け、CPBが情況に応じて柔軟な対応する用意があることを示した。
これに加え、リオン氏は「ESTAの導入により、今後はI-94Wの記入が不要になり、生体認証のシステムとあわせて利点が非常に多い」と述べ、US-VISITプログラムの利点面にも目を向けてほしいと強調した。
出国審査の導入へ
US-VISITの今後の流れとして最も注目されるのが、生体認証による出国手続きだ。現在はESTAに登録した人も従来通りI-94Wの書類に記入し、出国時には航空会社の担当者に手渡して出国することになっている。そのため、ESTAと生体認証の併用によって書類を不要にしていくためには、出国手続きを変えていく必要がある。DHSは、アトランタ空港やデトロイト空港において、生体認証によって出国記録をとるシステムを試験的に導入。今年は同様の試験プログラムを12空港まで増やし、生体認証による出国手続きを拡大していく予定だ。
DHSは「国の安全を確保しながらも、アメリカは門戸を開いて世界から人々を迎え入れる」という姿勢を示しており、生体認証に関する最新情報を発信するメルマガやウェブサイトの開設、解説冊子やビデオの制作などにも力を入れていくという。入国審査を一種の「サービス」として位置づけ、審査官の質の向上と使用機器の精度向上が望まれる。
なお、在日アメリカ大使館によると、I-94Wは最終的に廃止されるが、その期限はいまのところ定まっていないという。
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取材:宮田麻未、写真:神尾明朗