法律豆知識〜前回の応用事例(78)


前回のケースの概略
「Mホテル指定の台湾行きのパックツアー」の申し込みに対し、担当者は、「航空便はとれるがホテルは満室なので、すぐには解答できないが、取消料の発生する時期に入っているので、とりあえず申込金を払って欲しい」といって、Aから2万円を受け取った。
担当者は、ホテルが満室でとれないことを最終確認し、その日の夕方、「ホテルがとれないので申し込みはなかったことにして欲しい」と連絡。ところが、旅行者が、「旅行は決行したいので、Mホテルと同等クラスのホテルで手配をして欲しい」と要望。担当者は、空室のあるNホテルを探してAに提案。ただ、NホテルはMホテルより格上で、3万円の追加料金がかかることを伝えた。それを聞いた旅行者は、「申込金を払っているのだから、B社にはMホテルと同等のホテルを確保する義務があるはずで、それが出来なければ差額はB社でもて」といって引き下がらない。

どちらの主張が正しいか
この点は、前回詳述した。旅行契約成立には、「承諾」と「申込金の受理」の両者が必要(第8条1項)。本件では、申込金の受理はしたが、「ホテルは満室なので、すぐには回答できない」と言って承諾は留保している。従って、契約は成立していない。旅行者が、「申込金を払っているのだから、B社にはMホテルと同等のホテルを確保する義務があるはず」と主張するのは無理であり、法的には通らない。

いつも契約不成立といえるか
本ケースでは、「ホテルは満室なので、すぐには回答できない」と言ったので契約不成立であり、旅行業者は救われている。しかし、実際のトラブル例では、この点が曖昧なことが多い。「満室だけど、何とかなるでしょう」とか、満室との情報を隠して、「手配してみましょう」等と曖昧な返事をして、申込金を受け取ってしまうことが多い。
曖昧なやりとりをすると、それぞれ自分に都合よく理解してトラブルになる。ことに本件では、旅行者は、申込金まで払っているので、契約成立と認識しやすい。
3万円という金額は、台湾旅行のパックツアーの契約額の1割ぐらいであろう。この1割という数字は、一般的には、契約成立時の手付け金の金額である。むしろ、契約成立と思われやすい数字である。
契約成立となれば、「旅行業者にはMホテルと同等のホテルを確保する義務があるはず」との主張も正当であるし、格上のホテルしか提案できなければ、差額の負担もせざるを得なくなる。ただ、このような事態を避ける効果的な方法がある。後に紹介しよう。

旅行者の気変りのケース
旅行業者から見ると、申込金を受領していないと、ホテルを手配したあと、旅行者の気が変わってやっぱり行かないと言われたとき、ホテルの取消料を旅行業者が負担しかねない。これに対しては、どうしたらよいかとの質問があった。
取消料を取っておかないと、ホテルの取消料を旅行者に転化できないという趣旨であろう。
ホテルがとれる可能性が高いときには、確かにあらかじめ申込料を取っておくのは、実務としては不自然ではない。とれずにトラブルになる可能性は極めて低く、お客を逃がすデメリットの方が、ずっと大きいからである。
ただ、本件は、満室なのに申込金を取っている。とれない可能性が高いはずなのに、とにかく取消料を取ってお客を逃がさないようにして、キャンセルの出ることにかけるというわけで、かなり荒っぽい。この場合、本件のように食い下がってくる旅行者が出たときには、その対処はやっかいになる。
このような事態を避けるにはどうしたら良いのか。

実務的な総合対策
当事務所は在日外国人向けの英文雑誌に広告を掲載することがあるが、その時いつも感心することがある。それは、雑誌社の広告担当者が来て、打ち合わせし、その時決めたことを担当者が帰社した後、すぐFAXを送付し、サインを求める。これをすると、当事者間に認識の不一致が生じようがなく、それに起因するトラブルを避けることが出来る。日本企業も、このような実務を参考にして欲しい例だ。
本件のように、予約が取れない可能性があるが申込金を受け取っておきたいときには、店頭で、又は電話の予約の時にはFAXで、当事者間で誤解の無いよう、必要事項を記載した書面を用意し、旅行者にサインをもらうことでトラブルは防止できる。
本件のような場合の必要事項は、
(1)申込金は受領するが旅行業者は承諾しておらず、まだ契約は成立していないこと。
(2)旅行者の申し込みの有効期間を明記して、その期間内は申し込みを撤回できないとともに、期間を過ぎれば申し込みは自動的に失効し、旅行業者に他のホテルを手配するような義務は発生しないこと。
(3)旅行業者は速やかに手配し、予約が不可能と判断せざるを得ないときには、その旨旅行者に通知し、その通知の到達を持って申し込みも自動的に失効すること。以上である。
また、このような処理は、インターネットの申し込みの時は、極めて容易に対処できるので、是非実行して欲しいものである。