旅と人生の価値観-ベルトラ創業者 荒木篤実氏

  • 2025年8月18日
イタリア中部にあるローカルに人気の海水浴場(Castiglioncello)

 長年懇意にしているイタリアのエージェントを訪ねた。彼は私が駆け出しの頃からすでにイタリア国内で取り扱いが難しい有名美術館のチケットをすべて網羅する信用力をもっていた。最初の出会いは、打ち合わせ場所のホテルロビーだったが、急に降り出した雨でびしょ濡れのスーツ姿で現れた私をみて、目をまんまるくしていた様子が懐かしい。いまでは親友となったビジネスパートナーの1人である。

 イタリアを最初に好きになったのは、90年代半ばのころだ。当時は、まだ調査会社兼ITコンサルとして独立したばかりの創業期にあたり、どんな仕事でも受けていた。その流れでイタリアの料理学校に日本人旅行客を送客するビジネスのコンサルを行っていた。その際ローマに小さなオフィスを構え、現地スタッフの手ほどきでイタリア中を車で旅したことがあった。

 その道中、見聞きしたこと、口にした食事、体験したこと、これらはすべて驚きの連続であった。なにかガーンと頭を殴られたような強い衝撃波を感じた。ある意味ですべてにおいて日本を凌駕していたからである。

 その象徴的な出来事はいまでも鮮明に記憶している。ローマのはずれにある観光客がこない、白い綺麗なアイロン掛けのテーブルクロスがかかっていない食事処(いわゆるオステリアやトラットリア)で現地スタッフと二人で食事していた時のことだ。まだ日本人がいまよりは珍しかったこともあるかもしれないが、食事をし始めてまもなく隣のテーブルの地元客がなにやら話しかけてくる。そして、これは特にいいワインだから飲みなさいとポンとボトルごとおいてくれたのだ。さらにつづいて別のテーブルからは、これは地元料理で美味しいから、ぜひ食べなさいと、差し入れをもらった。その後は、ほぼ周囲のテーブルすべての人と楽しい会話をまじえて、いろいろとイタリア人の生活について教えてもらったのだ。あの日、私はイタリアに恋をしたのだと、今になって振り返ってみるとはっきりとわかる。旅にはそういう世界観を一度に変えてしまう力がある。

 今回、冒頭のイタリア人の友人の紹介で、シチリア島でユニークなツアーをしている事業者と話をする機会があった。非常にユニークな取り組みをしている団体で、イタリア南部でいまだに暗躍するマフィアに対峙するための施策を、現地の地方銀行とともに実行する活動をしている人たちだ。マフィアで有名になったシチリア島の汚名を逆手にとり、現在はいかにして公的機関と地元民が力をあわせて、マフィアにみかじめ料をはらわずに、独自のツアーや商品を生み出すかに注力している。印象的だったのは、デスティネーションリスト(旅先候補地)からサービスを創るのではなく、「どんなストーリーを顧客が欲しているか」、そこから発想してツアー・商品を造成するとの一言だった。さすが、目的思考が明確なヨーロッパ、特にイタリア人ならではの、コンセプト創造力で、見習うべしと、しっかりと記憶に留めた。

 目的と手段のすり替えはよく起こる。それは多くの場合、都合のいい、もっともらしい言い訳が悪さをしているからだ。利益をださなさいといけないから、これでは地元にお金が残らないから、などなど。では一体誰がなぜあなたにそのお金(料金)を支払ってくれるのか、その客人の気持ちはいつ考えているというのだろうか。すべてはそこが出発点ではないのだろうか。

 日本は、実はイタリアには負けていないということを、最近になってわかりはじめてきた。それは日本を離れたからわかったことでもある。冷静に外の目でみれば、見えないものがみえてくる。人生も事業もそういうものかもしれないと、イタリアの素敵な、日本人が一人もいない海岸を1人ながめながら、ふと日本の各地でがんばっている方々に想いを馳せた。

荒木篤実
パクサヴィア創業パートナー。日産自動車勤務を経て、アラン(現ベルトラ)創業。18年1月から現職。ベンチャー経営とITマーケティングが専門。ITを道具に企業成長の本質を追求する投資家兼実業家。