インタビュー:日本国際観光学会 会長 松園俊志氏

  • 2010年12月1日
今こそ産・官・学の交流活性化を推進
現状の産業構造にリンクした観光学が不可欠


 日本の「観光立国」が提唱されて以来、業界の発展に向けて産官学の連携が推進されているが、日本国際観光学会(JAFIT)は1993年の設立から産業界とつながりをもつ学会として支持されてきた。JAFITは産業界とどのような取り組みをしてきたのか、また、産業界とは異なった見地に立つ研究者は今の旅行業界をどうみているのか、7月1日にJAFIT会長に就任した東洋大学国際地域学部国際観光学科教授の松園俊志氏に話を聞いた。
                      
                      
−JAFITと先生のプロフィールを教えてください

松園俊志氏(以下、敬称略) JAFITは、国際観光分野の研究者と旅行業界の有識者で設立した。産業界と一線を画す学会もあるなかで、日本国際観光学会では観光・旅行産業全体が発展するにはどうすればいいのかを研究している。メンバーも旅行業界やホテルなど産業界の人が中心だ。自分も旅行会社出身で、あえて産業界に近いテーマを研究している。また、社会に便益のある研究にある程度シフトしたような研究をしたいと思っている。現在は東洋大学国際地域学部国際観光学科教授として国際観光や旅行産業などを教えている。


−学会が産学で連携して行なっている活動にはどのようなものがありますか

松園  産業界とリンクした取り組みとしては、学会では2ヶ月に1度「ツーリズムフォーラム」として、産業界と学会メンバーが共同で産業を取り囲むアップ・トゥ・デートな話題の講演を開催している。そのときのテーマに応じて、研究者だけでなく旅行会社の重役から一般社員まで幅広い層が参加している。これは研究者にとっても産業界の動きを生で知る機会になり、産学の交流も盛んに行なわれることで産業界と学会の橋渡しの役割も果たしている。

 また、学会として今年の6月末に国際観光研究所を立ち上げた。地域の活性化が旅行産業を育てると思うが、国際観光研究所は産業界との窓口となり、地方自治体の町おこしのサポートなどをしていく予定だ。


−先生ご自身は現在の旅行業界をどのようにご覧になっていますか

松園 この数年で産業の置かれている環境が激変し、旅行会社が存在し得た論理根拠、あるいはビジネスモデルが、パラダイムシフトせざるをえない時期に来ている。航空会社のゼロ・コミッションの開始や販売奨励金の絞り込みは旅行会社にとって痛手となったが、これらはマイレージやフリークエントフライヤープログラムによる航空会社の顧客の囲いこみから端を発したもので、ITの進化により直販化が加速した。すでに国内旅行では、インターネットを用いて宿泊も交通も利用者が簡便に直接予約できるようになったため、旅行会社に頼む必要がなくなっている。

 また、チャーター便の規制緩和や格安航空会社(LCC)の日本への参入で、飛行機の余った座席をパッケージで売るというビジネスモデルは崩壊し、新たなビジネスモデルを作らざるを得なくなってきている。特に、ネット直販を前提とするLCCは旅行会社にとって本質的にはメリットが少ないが、LCCが今後消費者マインドにフィットした時にビジネスモデルをどうするのかを考える必要がある。

 さらに、消費者が移動手段を自分で手配し、オンラインの予約サイトで宿泊先を手配する、というような「アメリカ型」のビジネスモデルに当てはまるようになれば、旅行会社の存在意義がますます脅かされる危険性がある。そのため、今までインターネット販売に積極的ではなかった大手旅行会社も力を入れざるを得ない状況で、JTBトラベランドの店舗を各地域会社が継承し、再編するように、対面の販売形態は縮小していくだろう。このように今は旅行会社にとって大転換期だが、この状況をうまく乗り切らないと旅行会社の存在意義がなくなってしまうのではないか。


−休暇の分散化など、行政側からも大きな変化がもたらされる可能性がありますが

松園 観光庁が休暇の分散化を進めようとしているが、私はこれには否定的な立場だ。私はフランスの余暇活動を研究しているが、そもそもフランスやドイツの休暇の分散化は、有給休暇取得率を100%にするために成立したもので、企業の生産計画に負担をかけないためのものだった。一方、日本の観光庁は旅行需要の平準化をはかる観光・旅行業界側の論理で休暇を地域ごとにずらそうとしているが、これでは生産拠点ごとに休業してしまうため、他の地域にいる関係者と仕事をする企業にとっては不都合だ。

 また、有給休暇が取りにくいことは若者にとっても海外旅行に行きにくい状況を作り出している。ヨーロッパでは家族旅行をすることが当たり前になっており、それが海外旅行に行くことを定着させている。そこで私は、休暇分散化だけでなく小学生くらいから旅を通じて世界を見て感受性を豊かにする「旅育」も個人的に推進している。

 ところで、日本の有給休暇取得率は50%と経済協力開発機構(OECD)先進国のなかで最も低い。日本が有休を100%取得できる環境にならなければ日本の旅行業界、ホテル・旅館業界に未来はないと思うが、逆に有休を100%取得できるようになれば自然と需要が分散化されるだろう。


−行政の取り組みでいうと、観光庁は人材育成の分野で産学官の協力を推進していますが、現在の進捗をどのように認識されていますか

松園 50年近い歴史をもつ観光学部を擁する大学があるにも関わらず、これまで大学と産業側は長い間交流してこなかった。観光政策を推進した小泉政権以降は観光系の学科が増え、観光庁を通じて産官学の交流を持とうとしているが、本音の部分での交流は進んでいない。

 例えば、JATA会員、すなわち旅行業界の産業構造のうち8割以上が中小であるということが人材育成のプランニングにも微妙に影響を与えている。大学側の育てたい人材と大手旅行会社の採用方針は必ずしも一致しない。一方、入社後の人材育成に時間とコストがかけられない中小企業にとって観光産業の知識をある程度備えた人材を採用するほうが効率的だ。例えば、観光について学ぶだけでなく、経済や経営も一緒に教えている。今後は、実際に旅行の企画に携わるようなインターンシップなどができればと思っている。

 成長戦略の一つに観光立国が柱になっていることを考えると、人材育成に関して大学側に対する産業界の要望や、大学側から産業界にのぞんでいることなど、お互いにもっと積極的に意見を交換し、交流する必要があるのではないか。インターンシップで最も役立つ形はどんなものか考えたい。


−今後の課題や提言をお願いします

松園 現在、観光庁はホテル学部のあるコーネル大学などのアメリカ型の観光学を推進している。しかし、アメリカと違ってホテル産業が成熟化、巨大化していない日本では産業構造が異なるため、これは日本の観光学には当てはまらないだろう。

 一方、ヨーロッパでは「余暇社会学」など観光学が学際的な形で確立されている。日本の観光学も社会学的な部分を含み、ヨーロッパの観光学の流れをくんでいる部分が強い。また、ヨーロッパは巨大旅行会社のビジネスモデルを前提としているが、日本も自国の旅行業界の産業構造を前提にしていかないと「日本型の観光学」の確立は難しい。そのためにも、研究者も産業界と共に協力していかなければならないだろう。

 このほか、環境と共存しながら観光を発展していく必要があると思っている。サステイナブル(持続可能な)観光だ。大学のゼミナールでは、フィジーのマナ島へサステイナブルツーリズムの事例研究として、研修旅行を実施している。地域の活性化のために観光産業が発展するには、地元の資本である自然と共存していかなければいけない。マナ島ではマングローブを植樹する活動もしており、今後も続けていきたい。


ありがとうございました