シリーズ「MICE市場はどう変わったか」
④ もう一つのキーワードはオタク化
8月15日から3日間、東京ビッグサイトでコミック系同人誌即売会「コミックマーケット(通称コミケ)」が開催された。初日の入場者は史上最高の17万人だったという。昨年末のコミケが3日間で約50万人を集めたというから、この夏はこれをさらに上回る人数が集まったのではないだろうか。幕張メッセを会場に17日間開催された昨年の東京モーターショー入場者数が約143万人だったそうだが、これと比べてみるとコミケの凄さがよくわかる。当然ながら、ここに集まる大多数が所謂「オタク」である。
ところで、1989年の宮崎勤事件などによって陰惨・陰湿・奇矯な印象とともに排他的に語られる傾向が強かった「オタク」という言葉が一般化し、広く使われだしたのは1990年代後半からだと記憶しているが、それは日本社会の大きな変化を示す象徴的な出来事の一つであったと私は考えている。
旅行は希望産業である。希望とは、“将来への目標”が何らかの形で存在してはじめて出現するものだと思う。そして、この目標が社会全体で共有されるとき、明瞭なトレンドが生まれ、大ヒット商品が出現する。
昭和30年代の高度経済成長期の目標は“三種の神器”と呼ばれた白黒テレビ、冷蔵庫、洗濯機、その後のカラーテレビ、クーラー、自家用車という「モノ」を手にすることであった。それが「豊かさ」であると信じられた。そして日本人は遮二無二働いた。
モノに代表された高度経済成長期の目標が達成されると、次に訪れるのは「ココロの豊かさ」という目標。「おいしい生活」とは何かという問い掛けに対して、自分らしい個性的な「ココロの豊かさ」を目指して、外国の高級ブランドやフランス料理、そして海外旅行が消費されていった。ただし、それはテレビのトレンディドラマや雑誌「ハナコ」などによって予め敷かれた軌道上のものであった。
ところが、バブル経済が崩壊してしばらく後、企業のリストラが本格化する過程で社会全体が一つの目標、そして豊かさイメージを共有する時代は終焉し、それらがはっきりとした形で分散化したように思われる。コミケに集まる「オタク」の姿には、そうした目標の分散化、あるいは豊かさイメージのオタク化が読み取られるような気がする。
そして、このオタク化こそが、旅行市場全般、ひいてはインセンティブなどMICE市場を捉える上での、国際化と並ぶまた一つ重要なキーワードといえるのではないだろうか。