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羊蹄山有料登山ツアー凍死事件と教訓〜法律豆知識(75)

  • 2006年1月21日
 今回は、有名な「羊蹄山有料登山ツアー凍死事件」について、検討することにしよう。これは、添乗員が業務上過失致死被告事件の被告人となり、平成16年3月17日札幌地裁において、禁固2年、執行猶予3年の有罪判決が出されたものである。
 ツアーガイドの事例であるが、平成12年3月21日、同じく札幌地裁の小樽支部で、スノーシューツアー中の雪崩で2名が死傷した事故で、禁固8月、執行猶予3年の有罪判決が出されている。添乗員やツアーガイドが刑事訴追を受けると言うことは決して稀ではないのである。
 なお、日本人の添乗員等が外国で事故を起こした場合は、日本の刑法は適用されないが、現地で現地の刑事処分を受けることがあり得るので、十分注意して欲しい。

▽どんな事故だったか
 被告人は、旅行業等を営む株式会社A社の旅行本部営業統括室国内仕入造成サブマネージャーというポジションにあり、同社の主催する有料登山ツアーの企画立案、ツアー客の引率等の業務に従事していた。それまで多数の登山ツアーの添乗をしていたベテランであった。
 平成11年9月22日から同月26日までの日程で、16名のツアー客が参加した羊蹄山(標高1898メートル 北海道虻田郡)等の有料登山ツアーが催行された。被告は添乗員としてこれに同行し、ツアー客を引率。25日午前11時30分頃、羊蹄山の登山道9合目(標高約1700メートル)の分岐点に到着した。ところがこの時点で、16名のうちB(当時59歳)とC(当時64歳)が遅れていた。しかし、被告人は、遅れてついてくるものと軽信して合流を待たず、そのまま登山引率を継続してしまった。
 当時濃霧で視界が悪く、また、そこより上はガレ場や登山道の分岐が続く状況であり、遅れてたどり着いたBとCは、登山道の分岐点から左に行くべきところを右に行ってしまい、登山道を見失ってしまった。その後は、ルートを見失い迷走状態に陥りって、翌26日未明、凍死体で発見されるに至った。
 二人とも老後の趣味として登山を楽しんでいたが、登山に特殊な訓練を受けているわけでなく、羊蹄山は初登山であった。分岐点は、道幅が右折した方が広く、その傾斜も山頂への近接を誤解させるような形状にあった。さらに、「右→山小屋」「噴火口回り道←左」と読みとれる標識が分岐点に倒れていた。濃霧で全体を見渡せない悪天候下で、BとCは、このような状況下で、ルートの選択を誤ってしまったのである。
 当時は降雪時期直前で寒く、しかも台風18号の接近により強風が吹き荒れ、体感温度は零度を下回る状態であった。その結果、最悪の結果を迎えてしまったのである。

▽裁判所の判断
 「契約上、添乗員には、ツアー客の安全かつ円滑な旅行の実施を確保する義務があり、そのために天候状況等諸要素を考慮して行程を中止するなどツアー客を指示に従わせる権限があり、とりわけ登山ツアーには通常の旅行以上に遭難、落石、転倒等による人の生命・身体に対する危険を防止することを義務内容とする職務に従事」しているとして、添乗員の業務は、業務上過失致死傷罪にいう「業務」に該当することは明白とした。
 そして、「被告人は、悪天候下での登山を決行し、遅れがちの被害者を待って合流するのは容易であったにもかかわらず、これを怠って自集団だけで山頂を目指し、適切な引率を受けられなくなった被害者らを迷走させて凍死させたものである。その過失内容は、軽率の謗りを免れない」と判断し、前述の通りの、有罪判決をした。

▽教訓
 本判決は、添乗員が個人として刑事責任を負わされたケースでありその点で当時注目されたが、同時に、本判決は、本件の背景には「利益優先の企業体質がある」ということも指摘している。
 悪天候のなかで登山ツアーを決行し、かつ、とにかく早めにツアー客を登頂させようとした添乗員の焦りの背景には、それを強いる企業体質があるというわけである。
 本件は国内事件であるが、最近は海外ツアーでも、登山やトレッキングは勿論、それ以外でも危険を伴うツアーが増えた。本件のように、ツアー客が事故に巻き込まれる危険性は、高まっているといえる。添乗員やツアーガイドに無理がかかるような運用は、決してしないようにして欲しいものである。
 刑事事件としては、直接の行為者である添乗員やガイドが責任を問われ、雇用する会社まで責任が及ばないことが多い。が、民事の損害賠償では、添乗員等だけでなく会社が「使用者責任」を問われることになる。死亡事故ともなれば、中小の旅行業者は、その賠償額の負担で存亡の危機ともなりかねないので厳重に注意されたい。