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専門性で生き残る:アフリカ旅行の道祖神

同好会のように設立、社員の興味を商品化
「小さな一流会社」めざして50周年へ

菊地氏  OTAの躍進や相次ぐ他業界からの参入などにより、環境変化が進む旅行業界。しかしそのような状況でも、専門分野における経験とノウハウで勝負し、利用者の信頼を獲得し続けている旅行会社は多い。そのような専門型旅行会社の現在の業況や、今後の展望を紹介するシリーズ「専門性で生き残る」の第9回は、今年6月に設立から41年を迎えた、日本におけるアフリカ専門旅行会社の代名詞とも言える道祖神を紹介する。代表取締役社長の菊地優氏に話を聞いた。

-そもそも道祖神は、どのようにして設立された会社なのでしょうか

菊地優氏(以下敬称略) 会社を設立するまでは、初代社長の熊澤房弘も私もバックパッカーで、世界中を旅していた。なかでもことさら魅せられたアフリカについて、「もっと知りたい。もっと人々に紹介したい」という気持ちから、“アフリカ同好会”のようにして立ち上げたのが道祖神で、最初は熊澤がケニアで起業し、その後1979年に日本でも立ち上げた。私はその時に入社し、10年前の熊澤の退職を機に社長業を引き継いで今に至る。

-これまでにターニングポイントとなった出来事はありますか

菊地 創業当初は社員が3、4人しかおらず集客に苦労したが、「好きなアフリカツアーを創ってお客様に感動してもらう」という道祖神の基礎は、この時からできていた。80年代にはCMやドキュメンタリーなど、テレビの仕事も増えて忙しくなった。私は1度退社して長い旅に出たが、旅先でバイクの魅力に出会い、道祖神に戻ってからバイクツアーを始めたことは、会社としての転機の1つになったと思う。

 外的要因によるターニングポイントに関して言えば、91年の湾岸戦争や98年のケニアとタンザニアでの米国大使館爆破事件などで大きな影響を受け、最近では2013年12月に始まったアフリカ西部でのエボラ出血熱の流行にもダメージを受けた。アフリカ大陸の西の端で起こったことでも、日本では大陸の全土で起こったことのように報道されるため、キャンセルが相次ぎ、一時は需要が半分以下まで落ち込んだ。インターネットの普及によるリアル店舗の存在意義の変化などもあるが、15年の大阪営業所の閉鎖はエボラによる影響が大きかった。

-現在の業況はいかがでしょうか
菊地 社員は東京本社に15名、ケニアのナイロビ駐在所に3名おり、南アフリカの駐在所には契約スタッフを置いている。年間の取扱人数は3500名から4000名程度で、年間の売上高は約15億円に上る。

 お客様は60代以降の熱狂的なアフリカファンが多く、男女比は男性が35%、女性が65%で、ご夫婦や友人同士などによる参加が中心だ。一方で、近年は30代以降のハネムーナーも増えている。これらの方々はアフリカファンというよりは、「人と違う所へ行きたい」「普段行かない所へ行きたい」という志向を持つ方々と言える。