取材ノート:JTB田川社長とHIS平林社長が対論(その1)−成長戦略
トラベル懇話会が1月7日に開催した新春講演会で、ジェイティービー(JTB)代表取締役社長の田川博己氏とエイチ・アイ・エス(HIS)代表取締役社長の平林朗氏が登壇、旅行業界をリードする2人が初めて壇上で意見を交わす――このエキサイティングな対論を聴講しようと会場には700名以上が詰めかけ、やむなく入場制限がされるほどの人気ぶり。ダイヤモンド・ビッグ会長の西川敏晴氏の司会のもと「2010年の海外旅行市場の行方」をテーマに進められた対論を、2回に分けて伝える。
〜成長戦略〜
最終型は「ライフスタイル産業」、グローバルは2015年までに(JTB)
店舗の拡大方針堅持、オンライン5割超の可能性も(HIS)
次の時代に向けたビジネスモデル展開へ
−両社の現在の状況は。今後どう舵取りをしていくか
JTB田川社長(以下、社名・敬称略) 2006年4月に分社化し、地域に密着して主体的に旅行業を展開することをめざしている。出だしは良かったが、現在のところ厳しい条件も重なり苦しい状況が続いている。従来のビジネスモデルはもはや成り立たず、改革が急務なのは業界全体が感じているだろう。JTBでは構造改革と成長戦略を同時に実施する。どちらかひとつずつが一般的だが、それではとても今の時代についていけない。構造改革では店舗網、成長戦略ではウェブとグローバル、地域交流がテーマだ。
一方で、我々の仕事は人で動いている。構造改革やリストラをしても、人材確保と育成は別の次元でしっかり取り組む必要がある。「旅の力」とJTBのブランドをあわせて、交流文化産業を経て最終的には「ライフスタイル産業」をめざしたい。
HIS平林社長 (以下、社名・敬称略) 変化する環境により若い世代で対応し、新しいビジネスモデルを作っていくために私が社長に就任したが、就任直後にリーマンショック、燃油サーチャージ、コミッションカット、新型インフルエンザなどがあり、激変する時代だと実感している。
HISは2010年に30周年を迎えるが、この1、2年は大きくビジネスモデルを変えつつある。今の営業効率、ビジネスモデルでは次の30年はない。中長期的な計画の実行も大切だが、日々劇的に変化する状況に対応するためには自らも先回りして変化しなければならず、現在はそういったことを日々やっている。
リアル店舗とネット販売
JTBは商品戦略と「使い分け」、HISは境目なくほぼ均等に拡大へ
−JTBは200店舗の閉鎖を報じられたが、リアル店舗の展開とオンライン販売の戦略について、今後の計画は
田川 店舗の役割は現実に変わってきている。売り上げ状況でも、海外旅行は「説明商品」なので店舗の役割は大きいが、国内旅行の宿泊は、高速道路料値下げの中で急激にネット比率が高まった。かつてのような申し込みを受け付けるだけの店舗は成立しない。一方、インターネットは価値を上げるよりも価格を下げるベクトルで動く傾向があり、旅行商品の価値を上げるには使いにくいと最近感じている。本来はウェブサイトも仮想店舗であり、中で価値を生み出さなければならないが、日本人の利便性に対する要求からすると、価格を下げる方にしか動かないようだ。
インターネットを無視することはできない。しかし、これまでのようなオンライン販売とリアル店舗のあり方の単純な議論ではなく、インターネットで完結する商売と、インターネットを道具として利用して店舗とクロスチャンネルで展開する商売とを使い分ける必要があるのではないか。また、そうであればリアル店舗でどういうものを売っていくべきかは自然と答えが出てくる。それは、価値あるものをしっかりと提供できる体制を作っていくことであり、店舗のあり方や機能について抜本的に見直す必要がある。
また、残念なのは、旅行業法の改正を30年、40年かけてやっと実現し、旅行業界の値付け権、企画旅行の地位を築いてきたにもかかわらず、(伸長著しい)オンライン販売の商品は手配旅行であることだ。企画旅行をオンライン販売しようとすると操作が面倒くさくなり、お客様の使い勝手が悪くなる。店舗のあり方と同時に、商品戦略のあり方についてもすべての旅行会社が議論しなければならない時代に入ったのではないか。
平林 HISの場合、店舗とオンラインはほぼ均等に力を入れてきている。店舗も統廃合はあるが、基本的には拡大する方針だ。店舗とネットの役割を明確にしすぎると互いに変な派閥のようなものができる可能性があるので、境目なく自由にやる形をとっている。
オンライン販売についてはマーケットが立ち上がった5年から6年前には、海外旅行市場の1、2割で頭打ちになると読んでいたが、この2、3年のモバイルを含むオンラインの伸び率は目覚ましい。今後は取り扱いの半分以上のシェアを占める可能性も十分にある。一方、オンライン、モバイルを使う率が高いのは海外旅行リピーターで、新規需要を開拓したり、パスポートの取得率を上げていこう、付加価値型の商品を販売しようとする時には店舗が重要だ。
ただし、店舗を維持するにはお客様1人あたり1万2000円から1万3000円の粗利が必要になる。それなのにHISはそれ以下の価格の商品も販売しているわけで(笑)、営業効率を上げるためには見直しが必要だ。新規需要も十分に喚起できているとはいえず、葛藤している。
各国の文化理解が重要、5年後のアジア市場の激変を予想
−両社がともに重要視するグローバル戦略についてはどうか
田川 国内マーケットは減少しているが国際マーケットにまで視野を広げれば需要はある。JTBには80数ヶ国のランドオペレーターのネットワークがあり世界最大規模と考えている。これを活用していきたい。具体的にはインドやブラジル、南アフリカといった現在手が回っていないエリアまで含めて、アジアを足がかりに世界をめざしていく。花咲くのは2015年ごろまでをターゲットとしている。
ただし、それぞれの国の伝統や文化をしっかり理解して地域に受け入れられなければグローバル戦略は成功しない。そのためにはできるだけ現地としっかりパートナーシップを結び、合弁や協業、共同経営をしなければうまくいかないと考えている。
平林 海外にでなければ、HISの15年後、30年後の成長戦略は描けないと考えておリ、この1、2年は海外展開にかなり注力している。2009年に100拠点目を設置したが、150拠点をめざすとともに、日本人旅行者の受け入れだけではなく、いよいよ現地発のアウトバウンドを拡大していく。2010年早々にもバングラディッシュに101店舗目を開設する。ただ、田川社長のいわれたとおり、メーカーと違って確たる商品があるわけではないので、各国に伝えるべきノウハウは目に見えないもの。「シンク・グローバル、アクト・ローカル」を忘れず、各国の中でアウトバウンドに対応していきたい。
アジア圏にはまだ旅行業創生期のような地域が多いが、3年後、5年後には景色が相当変わっているはず。時間のなさは相当感じている。
インバウンド法整備の必要性も認識一致
−逆にアジアの旅行会社が日本市場に流入してくる可能性もあるのではないか
田川 それは避けて通れないだろう。国策として2000万人、3000万人をめざすときに、どんな旅行会社が訪日のお客様を受けるのか。日本には、残念ながらインバウンドに関する法律がなく、受けるだけならば誰でもできてしまう。質の悪い旅行を抑えるために今こそインバウンド向けの法律を整備するときだ。そうしなければしっかりとしたインバウンド会社はできない。そのうえで受け皿をしっかり用意する必要がある。
平林 可能性は十分にある。(法律整備に関しては)強く賛成する。このまま手をこまねいていれば、10から15年以内にはアジアの旅行会社が流入してビジネスの展開を許すことになるだろう。その意味で、オンライン販売を含めて営業効率を上げていくことは、アジアスタンダードで考えていく必要がある。
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◆取材ノート:JTB田川社長とHIS平林社長が対論(その2)−旅行会社の価値(01.15)
〜成長戦略〜
最終型は「ライフスタイル産業」、グローバルは2015年までに(JTB)
店舗の拡大方針堅持、オンライン5割超の可能性も(HIS)
次の時代に向けたビジネスモデル展開へ
−両社の現在の状況は。今後どう舵取りをしていくか
JTB田川社長(以下、社名・敬称略) 2006年4月に分社化し、地域に密着して主体的に旅行業を展開することをめざしている。出だしは良かったが、現在のところ厳しい条件も重なり苦しい状況が続いている。従来のビジネスモデルはもはや成り立たず、改革が急務なのは業界全体が感じているだろう。JTBでは構造改革と成長戦略を同時に実施する。どちらかひとつずつが一般的だが、それではとても今の時代についていけない。構造改革では店舗網、成長戦略ではウェブとグローバル、地域交流がテーマだ。
一方で、我々の仕事は人で動いている。構造改革やリストラをしても、人材確保と育成は別の次元でしっかり取り組む必要がある。「旅の力」とJTBのブランドをあわせて、交流文化産業を経て最終的には「ライフスタイル産業」をめざしたい。
HIS平林社長 (以下、社名・敬称略) 変化する環境により若い世代で対応し、新しいビジネスモデルを作っていくために私が社長に就任したが、就任直後にリーマンショック、燃油サーチャージ、コミッションカット、新型インフルエンザなどがあり、激変する時代だと実感している。
HISは2010年に30周年を迎えるが、この1、2年は大きくビジネスモデルを変えつつある。今の営業効率、ビジネスモデルでは次の30年はない。中長期的な計画の実行も大切だが、日々劇的に変化する状況に対応するためには自らも先回りして変化しなければならず、現在はそういったことを日々やっている。
リアル店舗とネット販売
JTBは商品戦略と「使い分け」、HISは境目なくほぼ均等に拡大へ
−JTBは200店舗の閉鎖を報じられたが、リアル店舗の展開とオンライン販売の戦略について、今後の計画は
田川 店舗の役割は現実に変わってきている。売り上げ状況でも、海外旅行は「説明商品」なので店舗の役割は大きいが、国内旅行の宿泊は、高速道路料値下げの中で急激にネット比率が高まった。かつてのような申し込みを受け付けるだけの店舗は成立しない。一方、インターネットは価値を上げるよりも価格を下げるベクトルで動く傾向があり、旅行商品の価値を上げるには使いにくいと最近感じている。本来はウェブサイトも仮想店舗であり、中で価値を生み出さなければならないが、日本人の利便性に対する要求からすると、価格を下げる方にしか動かないようだ。
インターネットを無視することはできない。しかし、これまでのようなオンライン販売とリアル店舗のあり方の単純な議論ではなく、インターネットで完結する商売と、インターネットを道具として利用して店舗とクロスチャンネルで展開する商売とを使い分ける必要があるのではないか。また、そうであればリアル店舗でどういうものを売っていくべきかは自然と答えが出てくる。それは、価値あるものをしっかりと提供できる体制を作っていくことであり、店舗のあり方や機能について抜本的に見直す必要がある。
また、残念なのは、旅行業法の改正を30年、40年かけてやっと実現し、旅行業界の値付け権、企画旅行の地位を築いてきたにもかかわらず、(伸長著しい)オンライン販売の商品は手配旅行であることだ。企画旅行をオンライン販売しようとすると操作が面倒くさくなり、お客様の使い勝手が悪くなる。店舗のあり方と同時に、商品戦略のあり方についてもすべての旅行会社が議論しなければならない時代に入ったのではないか。
平林 HISの場合、店舗とオンラインはほぼ均等に力を入れてきている。店舗も統廃合はあるが、基本的には拡大する方針だ。店舗とネットの役割を明確にしすぎると互いに変な派閥のようなものができる可能性があるので、境目なく自由にやる形をとっている。
オンライン販売についてはマーケットが立ち上がった5年から6年前には、海外旅行市場の1、2割で頭打ちになると読んでいたが、この2、3年のモバイルを含むオンラインの伸び率は目覚ましい。今後は取り扱いの半分以上のシェアを占める可能性も十分にある。一方、オンライン、モバイルを使う率が高いのは海外旅行リピーターで、新規需要を開拓したり、パスポートの取得率を上げていこう、付加価値型の商品を販売しようとする時には店舗が重要だ。
ただし、店舗を維持するにはお客様1人あたり1万2000円から1万3000円の粗利が必要になる。それなのにHISはそれ以下の価格の商品も販売しているわけで(笑)、営業効率を上げるためには見直しが必要だ。新規需要も十分に喚起できているとはいえず、葛藤している。
各国の文化理解が重要、5年後のアジア市場の激変を予想
−両社がともに重要視するグローバル戦略についてはどうか
田川 国内マーケットは減少しているが国際マーケットにまで視野を広げれば需要はある。JTBには80数ヶ国のランドオペレーターのネットワークがあり世界最大規模と考えている。これを活用していきたい。具体的にはインドやブラジル、南アフリカといった現在手が回っていないエリアまで含めて、アジアを足がかりに世界をめざしていく。花咲くのは2015年ごろまでをターゲットとしている。
ただし、それぞれの国の伝統や文化をしっかり理解して地域に受け入れられなければグローバル戦略は成功しない。そのためにはできるだけ現地としっかりパートナーシップを結び、合弁や協業、共同経営をしなければうまくいかないと考えている。
平林 海外にでなければ、HISの15年後、30年後の成長戦略は描けないと考えておリ、この1、2年は海外展開にかなり注力している。2009年に100拠点目を設置したが、150拠点をめざすとともに、日本人旅行者の受け入れだけではなく、いよいよ現地発のアウトバウンドを拡大していく。2010年早々にもバングラディッシュに101店舗目を開設する。ただ、田川社長のいわれたとおり、メーカーと違って確たる商品があるわけではないので、各国に伝えるべきノウハウは目に見えないもの。「シンク・グローバル、アクト・ローカル」を忘れず、各国の中でアウトバウンドに対応していきたい。
アジア圏にはまだ旅行業創生期のような地域が多いが、3年後、5年後には景色が相当変わっているはず。時間のなさは相当感じている。
インバウンド法整備の必要性も認識一致
−逆にアジアの旅行会社が日本市場に流入してくる可能性もあるのではないか
田川 それは避けて通れないだろう。国策として2000万人、3000万人をめざすときに、どんな旅行会社が訪日のお客様を受けるのか。日本には、残念ながらインバウンドに関する法律がなく、受けるだけならば誰でもできてしまう。質の悪い旅行を抑えるために今こそインバウンド向けの法律を整備するときだ。そうしなければしっかりとしたインバウンド会社はできない。そのうえで受け皿をしっかり用意する必要がある。
平林 可能性は十分にある。(法律整備に関しては)強く賛成する。このまま手をこまねいていれば、10から15年以内にはアジアの旅行会社が流入してビジネスの展開を許すことになるだろう。その意味で、オンライン販売を含めて営業効率を上げていくことは、アジアスタンダードで考えていく必要がある。
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