インタビュー:エイチ・アイ・エス いい旅研究室室長 染谷明彦氏
「いい旅」とは期待以上の旅−分かりやすさを追求し素材と質の向上を
エイチ・アイ・エス(HIS)は2008年4月、消費者にとって本当に「いい旅」を実現するため、本社CS・ES管理本部に「いい旅研究室」を設立した。1年間の活動により、「旅行代金を合計金額で表記する(注:現在は総額表示)」「他社のツアーも薦める」「デメリットを表記する」「全世界1000店舗をめざす」「法人企業の経費削減の手伝いをする」の5点の「いい旅研究室プロジェクト」につながった。消費者にとって本当に「いい旅」とは何なのか。室長の染谷明彦氏に設立から1年間の総括と、今後の活動方針を聞いた。(聞き手:本紙編集長代理 松本裕一)
−単刀直入にお伺いします。「消費者にとって本当にいい旅」とは何なのでしょうか。「いい旅研究室」では、すでに「いい旅」の定義づけなどをしていますか
染谷明彦氏(以下、敬称略) この1年間、お客様からアンケートをとったり、お客様からの声を集めたり、いい旅を研究してきました。その結果見えてきたのは、お客様の評価は相対的なものである、ということです。お客様は、自身の期待値を上回った時にその旅を「いい旅」と評価します。海外旅行は身近になったとはいえ、やはり大きな金額がかかります。支払った料金を踏まえた期待値を上回れば、エコノミーな旅ならエコノミーならではの、デラックスならデラックスならではの「いい旅」になる。現在は、最高の素材を集めることだけがいい旅をつくる方法ではないと考えています。
−そもそも「いい旅研究室」は、なぜ設立されたのでしょうか。開設にあたっての問題意識をお聞かせください
染谷 07年4月に、私とサポート役のアドバイザーだけで始めた品質管理セクションが「いい旅研究室」の前身です。この活動を「いい旅研究室プロジェクト」として打ち出した動機には、攻めと守りの2つの側面があります。当初は品質管理から始めたわけですが、「管理」の堅いイメージ、守りの姿勢だけでなく、独自の提案をする攻めの姿勢で幅を広げたいと考えたのです。
守りの側面では、これまでやってきたことの質を高めるとともに、お客様の認知を向上しています。旅行先の安全確認のさらなる徹底や、募集型企画商品の品質向上もそうです。他社商品の販売も含めて、今まで当たり前のようにやってきたことを、CMなどを使って発信することで、お客様に認知を広めました。
攻めとしては、業界に先駆けて始めた旅行代金の総額表示や、旅行パンフレット誌面上のデメリット表記があります。もっとも重要視しているのは、お客様にとってわかりやすい商品を示すこと。デメリットもきちんとお見せすることで、過剰な期待をまねかず、満足につながると感じています。
−1年間取り組んでみて、消費者からの反響はいかがでしたか
染谷 CMの影響もあり、お客様の反響は大きかったですね。また、旅行代金を総額表示に切り替えたことは、お客様だけでなく、営業担当者もわかりやすくなったようです。
私は、お客様がわざわざカウンターに足を運んだり電話で確認したりしなくても、パンフレットを見るだけで、旅行内容を理解できるのも「いい旅」の要素のひとつだと考えます。パンフレットにデメリットをきちんと表記して、お客様の誤認を防ぐ工夫をすることで、クレームの減少に努めています。まだ数字で明らかになってはいませんが、お客様の「思っていた内容と違う」というご不満の声は、以前に比べて減少しつつあります。
−「いい旅研究室」の成果は順調に上がっているようですね。社内での位置づけも教えてください
染谷 弊社は関東、中部、関西、九州に営業本部を持っています。これを統括するのが本社です。「いい旅研究室」は本社の機能として、例えば何か現地で事件が発生した際などに、販売の現場や現地の状況を踏まえて旅行を催行するかしないか判断を下すなど、いわばまとめ役ですね。また、たとえば「旅行約款は大きな文字で4ページを使って記載すること」などの取り決めを、執行力を持って全社へ発信する役目もあります。
企画旅行は、現地の事故の有無や現地旅行会社の過去の実績など、社内のガイドラインにのっとって造成するのですが、デスティネーションによっては、ガイドライン通りにはつくりにくい場合もあります。こうした例外について個別に対応するのも、私たちの仕事です。
−「いい旅研究室」の研究結果は、旅行商品の造成や販売にどう役立っているのでしょうか。2009年度の具体的な目標や取り組みについてもお聞かせ下さい
染谷 引き続き、お客様の目線に立って、どんな年代のどんな方にも見やすくわかりやすい旅行商品を提供していくことが目標です。
現在は、まず添乗員同行ツアーから重点的に改善をはかっています。旅程表の文字を大きくわかりやすく変えたほか、これまでは「午前:午後」だった旅程の表記を、できる限り「朝8時出発」など時間記載に変更しました。お客様は、大まかな予定ではなく「この日は夜遅くホテルに着くのか」「この日は朝ゆとりがある」など、より具体的に旅行をイメージできます。また、歩く距離を記号で3段階表示しています。これは、お客様だけでなく、「この旅程だと、たくさん歩く日が続くから変更しよう」と、ツアー造成担当者にも役立っているようです。
−旅行業取り巻く環境は非常に厳しいですが、その中で「いい旅研究室」としては、今後どのような提案をしていくのでしょうか
染谷 今年は昨年と比べると、旅行単価は大幅に減少しています。私の個人的な考えになるのですが、今後はますます両極端に別れていくでしょう。安・近・短のアジア方面と、燃料サーチャージの値下げ幅が大きい長距離方面は、プラスに推移していくと見ています。それ以外のエリアは、低迷するかもしれません。全体的に利益の大幅増とはならず、昨年より全体数は微増するにとどまるのではないでしょうか。
その中でHISの目指すグローバル化として、日本から一方通行に海外に送客するのではなく、日本から海外、海外から日本、海外から海外の旅行をサポートしていきたいと考えています。
私が最終的に目指しているのは、異文化交流です。日本人のサービスは、世界に誇れるレベルだと思います。日本人が日本人客に向けて行ってきたサービスを織り込んだ旅行を、世界に提供していきたいですね。
「いい旅研究室」を設立してから1年間見てきましたが、異文化を体験して感動を受けることは、お客様にとって「いい旅」に直結します。異文化体験で見聞を広めたり、交流を体験したりしたお客様は「もう一度あの感動を味わいに、海外旅行に出かけよう」と、再度海外旅行に出かける傾向があります。「いい旅」の定義づけに話は戻りますが、お客様の期待を上回る絶対的な異文化体験を盛り込んだ商品を提案していきたいですね。
−ありがとうございました
エイチ・アイ・エス(HIS)は2008年4月、消費者にとって本当に「いい旅」を実現するため、本社CS・ES管理本部に「いい旅研究室」を設立した。1年間の活動により、「旅行代金を合計金額で表記する(注:現在は総額表示)」「他社のツアーも薦める」「デメリットを表記する」「全世界1000店舗をめざす」「法人企業の経費削減の手伝いをする」の5点の「いい旅研究室プロジェクト」につながった。消費者にとって本当に「いい旅」とは何なのか。室長の染谷明彦氏に設立から1年間の総括と、今後の活動方針を聞いた。(聞き手:本紙編集長代理 松本裕一)
−単刀直入にお伺いします。「消費者にとって本当にいい旅」とは何なのでしょうか。「いい旅研究室」では、すでに「いい旅」の定義づけなどをしていますか
染谷明彦氏(以下、敬称略) この1年間、お客様からアンケートをとったり、お客様からの声を集めたり、いい旅を研究してきました。その結果見えてきたのは、お客様の評価は相対的なものである、ということです。お客様は、自身の期待値を上回った時にその旅を「いい旅」と評価します。海外旅行は身近になったとはいえ、やはり大きな金額がかかります。支払った料金を踏まえた期待値を上回れば、エコノミーな旅ならエコノミーならではの、デラックスならデラックスならではの「いい旅」になる。現在は、最高の素材を集めることだけがいい旅をつくる方法ではないと考えています。
−そもそも「いい旅研究室」は、なぜ設立されたのでしょうか。開設にあたっての問題意識をお聞かせください
染谷 07年4月に、私とサポート役のアドバイザーだけで始めた品質管理セクションが「いい旅研究室」の前身です。この活動を「いい旅研究室プロジェクト」として打ち出した動機には、攻めと守りの2つの側面があります。当初は品質管理から始めたわけですが、「管理」の堅いイメージ、守りの姿勢だけでなく、独自の提案をする攻めの姿勢で幅を広げたいと考えたのです。
守りの側面では、これまでやってきたことの質を高めるとともに、お客様の認知を向上しています。旅行先の安全確認のさらなる徹底や、募集型企画商品の品質向上もそうです。他社商品の販売も含めて、今まで当たり前のようにやってきたことを、CMなどを使って発信することで、お客様に認知を広めました。
攻めとしては、業界に先駆けて始めた旅行代金の総額表示や、旅行パンフレット誌面上のデメリット表記があります。もっとも重要視しているのは、お客様にとってわかりやすい商品を示すこと。デメリットもきちんとお見せすることで、過剰な期待をまねかず、満足につながると感じています。
−1年間取り組んでみて、消費者からの反響はいかがでしたか
染谷 CMの影響もあり、お客様の反響は大きかったですね。また、旅行代金を総額表示に切り替えたことは、お客様だけでなく、営業担当者もわかりやすくなったようです。
私は、お客様がわざわざカウンターに足を運んだり電話で確認したりしなくても、パンフレットを見るだけで、旅行内容を理解できるのも「いい旅」の要素のひとつだと考えます。パンフレットにデメリットをきちんと表記して、お客様の誤認を防ぐ工夫をすることで、クレームの減少に努めています。まだ数字で明らかになってはいませんが、お客様の「思っていた内容と違う」というご不満の声は、以前に比べて減少しつつあります。
−「いい旅研究室」の成果は順調に上がっているようですね。社内での位置づけも教えてください
染谷 弊社は関東、中部、関西、九州に営業本部を持っています。これを統括するのが本社です。「いい旅研究室」は本社の機能として、例えば何か現地で事件が発生した際などに、販売の現場や現地の状況を踏まえて旅行を催行するかしないか判断を下すなど、いわばまとめ役ですね。また、たとえば「旅行約款は大きな文字で4ページを使って記載すること」などの取り決めを、執行力を持って全社へ発信する役目もあります。
企画旅行は、現地の事故の有無や現地旅行会社の過去の実績など、社内のガイドラインにのっとって造成するのですが、デスティネーションによっては、ガイドライン通りにはつくりにくい場合もあります。こうした例外について個別に対応するのも、私たちの仕事です。
−「いい旅研究室」の研究結果は、旅行商品の造成や販売にどう役立っているのでしょうか。2009年度の具体的な目標や取り組みについてもお聞かせ下さい
染谷 引き続き、お客様の目線に立って、どんな年代のどんな方にも見やすくわかりやすい旅行商品を提供していくことが目標です。
現在は、まず添乗員同行ツアーから重点的に改善をはかっています。旅程表の文字を大きくわかりやすく変えたほか、これまでは「午前:午後」だった旅程の表記を、できる限り「朝8時出発」など時間記載に変更しました。お客様は、大まかな予定ではなく「この日は夜遅くホテルに着くのか」「この日は朝ゆとりがある」など、より具体的に旅行をイメージできます。また、歩く距離を記号で3段階表示しています。これは、お客様だけでなく、「この旅程だと、たくさん歩く日が続くから変更しよう」と、ツアー造成担当者にも役立っているようです。
−旅行業取り巻く環境は非常に厳しいですが、その中で「いい旅研究室」としては、今後どのような提案をしていくのでしょうか
染谷 今年は昨年と比べると、旅行単価は大幅に減少しています。私の個人的な考えになるのですが、今後はますます両極端に別れていくでしょう。安・近・短のアジア方面と、燃料サーチャージの値下げ幅が大きい長距離方面は、プラスに推移していくと見ています。それ以外のエリアは、低迷するかもしれません。全体的に利益の大幅増とはならず、昨年より全体数は微増するにとどまるのではないでしょうか。
その中でHISの目指すグローバル化として、日本から一方通行に海外に送客するのではなく、日本から海外、海外から日本、海外から海外の旅行をサポートしていきたいと考えています。
私が最終的に目指しているのは、異文化交流です。日本人のサービスは、世界に誇れるレベルだと思います。日本人が日本人客に向けて行ってきたサービスを織り込んだ旅行を、世界に提供していきたいですね。
「いい旅研究室」を設立してから1年間見てきましたが、異文化を体験して感動を受けることは、お客様にとって「いい旅」に直結します。異文化体験で見聞を広めたり、交流を体験したりしたお客様は「もう一度あの感動を味わいに、海外旅行に出かけよう」と、再度海外旅行に出かける傾向があります。「いい旅」の定義づけに話は戻りますが、お客様の期待を上回る絶対的な異文化体験を盛り込んだ商品を提案していきたいですね。
−ありがとうございました