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現地レポート:カナダ・マニトバ州、FITねらう新ムーブメント

  • 2010年6月18日
国立公園を中心に楽しむ「スロートラベル」
旅のテーマ重視する客層へ、新しいカナダ・ツアーを


 マニトバ州は、カナダの中央部のプレーリーといわれる大平原地帯に広がっている。ここだけで日本の約2倍もの面積がある大きな大地だ。カナダきっての穀倉地帯で経済的には安定した州だが、観光地としては注目度が低く、日本から訪れる旅行者はほとんどいない。そんななか、現地では大きなグループツアーではなく目の肥えた旅行者を対象に、国立公園の自然と地元の素朴さをいかした丁寧な旅を提供しようというムーブメントが起こりつつある。州都ウィニペグの西に広がる大自然地帯ライディングマウンテン国立公園を中心とする「手作り感覚の旅」を体験した。
                   
                     



大平原の自然地帯、ライディングマウンテン国立公園

 訪れたのは5月。黄色いキャノーラ畑や青い穂の麦畑が大平原を埋め尽くす壮大な光景には、あいにくまだ早かった。「5月のマニトバでは1年中の季節が体験できる。おとといまでは春だったけれど昨日は夏、そして今日は冬に逆戻り」。そういいながら迎えてくれたのは、現地ツアーオペレーター「アース・リズム」のセレス・デヴォー氏。ライディングマウンテン国立公園一帯のサプライヤーと協力し、この地ならではの個性がある旅を提供しようとしているリーダ的存在だ。デヴォー氏がいうとおり、国立公園に到着すると、あたりは一面雪で覆われた冬景色だった。前週までは気温が20度以上あったというから驚きだ。

 ライディングマウンテン国立公園は、大平原を縦長に走るマニトバ・エスカープメント(断層)が作り出した丘陵地帯。東京都以上の面積をもつ。マウンテンといいながら、最高地点でも平原地帯との標高差はほんの数百メートル程度しかない。それでもマニトバの大平原のなかでは、起伏に富んだ変化ある「山」に見えるから不思議だ。



野生動物のパラダイスをネイチャーウォーク

 「公園内での最大の楽しみは、なんといっても迫力満点の野生動物ウォッチング。その数は哺乳類だけで60種以上、鳥類にいたっては230種以上も観測されている」とデヴォー氏。それというのも、ここには南部に広がるグラスランド(プレーリーの草原地帯)、アスペンなどの森に覆われたパークランド、そして北部のボレアルフォレスト(針葉樹林)などカナダの様々な植生が交わっているため、カナダ南北の様々な動物が生息しているのだという。

 到着早々、公園内に2本だけの道路を車で巡ってみた。早速、道路脇で草を食むホワイトテール・ディアの群れを発見。その敏捷な野生の姿に大興奮したが、鹿はこの後もいたるところで遭遇したため、そのうちカメラを向けることすらしなくなったほどだ。

 このほか、ウサギやテンなどの小動物、巨大なムース(ヘラジカ)も発見。また雷鳥やルーン(アビ)、そして北に渡っていく白鳥など、ほんの2時間ほどのドライブでこんなにたくさんの動物に遭遇できるとは驚きだ。きわめつけは40頭あまりのバイソンの群れ。かつてカナダを埋め尽くしていたバイソンは、ヨーロッパ人の入植後に乱獲され、絶滅の危機に瀕した。このためカナダ国立公園管理局では、いくつかの国立公園に野生のバイソンを集めて保護しており、ライディングマウンテン国立公園もその一つ。公園内に広大なバッファロー保護区が設けられているため、そこに行けばほぼ確実にその姿に出会うことができる。バイソンは大きなものでは体重1トン以上にもなる巨大な動物。茶色の被毛に覆われたその群れが道路を横切り車の行く手を阻むのは、迫力満点だ。

 公園内ではこのほか、地元のナチュラリストと一緒に巡るネイチャーウォークやバードウォッチングも体験した。広大な園内のほとんどは手付かずの自然で、総距離400キロメートルにも及ぶハイキングトレイルがのびている。思わぬ雪景色のなかでの散策となったが、緑が萌えはじめた森に積もった新雪はひときわ美しい。新緑に覆われる夏、そしてポプラや白樺が黄金色に染まる秋も、さぞかし美しいことだろう。


素朴なウクライナ・コミュニティでローカルとともに過ごすひと時

 マニトバ州は西部開拓の玄関口として多くのヨーロッパ移民が集まった場所で、特に19世紀後半にはウクライナ系の移民が多く定住した。ライディングマウンテン国立公園の北にあるドーフィンも、そんなウクライナ系の人々が多く住む街だ。ここでは色濃く残された伝統と文化を住民がみずから紹介し、ツーリズムにつなげようという試みがなされている。

 例えば、街の中心にある教会では、ユニークなウクライナ文化の体験を提供している。まず民族衣装を着た30人ほどの地元の人々に歌で出迎えられ、続いて女性たちと一緒にウクライナ風パンづくりに挑戦。さらに伝統音楽を聴きながらウクライナ料理を楽しみ、食後はプロダンサーの指導のもと、ウクライナダンスのレッスン。音楽にあわせて踊って大騒ぎで盛り上がり、最後は焼きあがったばかりの自分のパンをお土産に、再び音楽で送り出される。ローカルの人々とのふれあいが楽しめる約3時間のアトラクションだ。その朗らかさや温かなホスピタリティは、普通のツアーではなかなか味わうことのできないもの。まるで友人の故郷でもてなされたような、素朴な心地よさだ。



めざすのは手作り感覚の小規模なツアー

 ライディングマウンテンのベースタウンとなるのは、クリアレイクという湖のほとりにある街、ワサガミン。もともとウィニペグ近郊の人々のリゾートエリアとして人気が高まったところで別荘が建ち並び、中心地にはギフトショップやレストランがオープン。リゾートホテルやゲストランチなど、旅行者向けの施設も充実している。今回宿泊したのは、街からやや離れた場所にある「エルクホーン・リゾート」。ゆったりとしたホテルルームのほか、キッチンやリビングを完備したコテージなどもあり、長期滞在や家族での利用にも最適だ。

 こうしたリゾートホテルなどをベースに、ライディングマウンテンでの動物ウォッチングをはじめハイキング、乗馬、マウンテンバイク、カヌーなどカナダならではの本格的アウトドアをたっぷり楽しみ、さらにドーフィンなどでのウクライナ文化体験や先住民文化体験といったマニトバらしいアトラクションを体験するのが、この地の滞在スタイルだ。

 「ロッキーやナイアガラのような象徴的な風景があるわけではなく、万人向けの旅行地とはいえない。だからこそ、野生動物に興味ある人やローカルの人々とのふれあいを求める人など、テーマを持って訪れる旅行者向けのデスティネーションとして大切に育てたい」とデヴォー氏。そのため、国立公園のスタッフはもちろん、地元の人々とも協力して旅行者一人ひとりの希望に沿った手作り感覚の旅を提供していきたい考えだ。「この地でめざすのはお決まりのツアーではなく“スロートラベル”、そして“マニトバを体験する旅”」と続ける。

 大自然を身近に感じながら心のおもむくままに遊び、リラックスして過ごす日々。それは旅本来の楽しさに触れたような懐かしさと同時に、新鮮さをも感じる体験だった。こだわりのあるFITデスティネーションとして、すすめたい場所だ。




マニトバ州のゲートウェイ、ウィニペグ

 ライディングマウンテン国立公園の入り口となるウィ
ニペグは、人口63万人、マニトバ州の州都でカナダでも
8番目に大きな都市だ。大平原の穀倉地帯の真ん中にあり、
古くから穀物集積所として栄えてきた。ダウンタウンの
一角には、19世紀に建てられた穀物取引所や銀行など石
造りの建物が今も残され、その堂々たるたたずまいから
「北のシカゴ」とも呼ばれている。

 ダウンタウンの東にあるフォークスはレッド川とアシ
ニボイン川が合流する地点で、先住民の時代から、そし
てヨーロッパの毛皮交易商人たちが活躍した時代にも、
交通の要所としてにぎわった場所だ。国定史跡として保
護された一帯は公園となっており、またマーケットやク
ラフトショップも並び、ウィニペグ市民の休日のお気に
入りスポットとなっている。

 フォークスから川を渡った対岸は、歴史のある大聖堂
などが残されたフランス人街区のサンボニファスだ。こ
こはメティス(フランス人開拓者と先住民のハーフ)の
指導者、ルイ・リエルの出身地としても有名。自分たち
のアイデンティティの確立を求めて動乱を起こし、1885
年にカナダ政府によって処刑されたリエルだが、今も信
奉者は多く「マニトバの父」とも呼ばれている。

 これらの主な見どころは、ダウンタウンから歩いて回
れる範囲に点在している。地図を片手に、時に歴史を紐
解きながら、のんびりと散策するのが楽しい街だ。



取材協力:カナダ観光局
取材:吉沢博子