コロナ後も定着か オンライン観光の意外なメリット

新型コロナウイルスの影響で、まだまだ旅行に出かけることを控える人も多い中、旅行会社などがオンラインを使った観光ツアーのサービスを増やしている。観光地の映像で、外出しなくても旅行気分が味わえることをアピールする。だが、サービスの定着や収益化は容易ではないといい、各社は高齢者向けのサービス提供に特化したり、コロナ後のリアル旅行につなげる予習コンテンツとして強調したりするなどして、新たなビジネスモデルを模索している。

クイズやおみやげも

「シバザクラが満開のこちらの会場。広さは東京ドーム0・3個分です」「ちょっと中途半端ですがきれいですね」

4月10日、大阪市阿倍野区の老人ホーム「コンシェール阿倍野」で行われたオンラインツアー。施設のホールには十数人の入所者が集まり、テレビ画面では中継先の「富士芝桜まつり」会場(山梨県)から、男性リポーターらが軽妙なおしゃべりとともに会場の様子を伝えていた。

見る側を飽きさせない内容で、リポーターと一緒に行う体操やクイズのコーナーのほか、おみやげがもらえるジャンケンゲームもありツアーは約1時間で終了。参加した渡辺章(ふみ)さん(84)は「今はなかなか旅行できないので楽しかった。昔、富士五湖でスケッチをしたことを思い出した」と満足そうだった。

ツアーは、三菱UFJ銀行などが立ち上げたスタートアップ企業の支援拠点「MUIC Kansai(ミューイックカンサイ)」(大阪市)と、オンライン観光の東京トラベルパートナーズ(東京)などが連携して実施している。

MUICは令和2年から、スタートアップが開発したカメラやマイク付き機器を通じて観光地の様子を自宅などに配信する実証実験を重ねた後、今年2月から本格的に高齢者施設向けのサービス提供を開始。今年中にも在宅の高齢者向けにも配信を始めるという。

520億円の潜在市場

オンライン観光に旅行会社などの参入が相次ぐ背景には、コロナ禍での旅行業界の冷え込みがある。

観光庁によると、3年の国内の宿泊施設の延べ宿泊者数は3億1497万人(速報値)で平成22年以降で最低を記録。感染拡大前の令和元年から47・1%減少、感染拡大が始まった2年からも5%減少しており、低迷から抜け出せていない。

三菱UFJリサーチ&コンサルティングが9日に発表したリポートでは、オンライン観光の市場規模は2年が95億9千万円で、3年は120億円を見込むことから年間の成長率は30%と推計し、「リアル旅行と別市場を確立した」と指摘。まだ参加していないが、参加の意向を持つ人を含めれば潜在的に520億円の市場規模があるとみている。

一方で、テレビやパソコンの画面越しではなく実際に観光地に足を運んで楽しみたいとの需要は根強く、サービスの浸透は容易ではないとの見方もある。観光業界の関係者は「人材や機材の調達などに手間や資金もかかる。大変な割にもうからないからやめるという話はよく聞く」と明かす。

東京トラベルパートナーズの栗原茂行社長は「サービスの対象を健康などの問題で外出できない高齢者らにしたり、美しい映像や映画のようなストーリー性のあるコンテンツを提供したりすれば事業としての可能性はある」と話す。

「予習」で呼び水に

大手旅行会社も単純に観光地を中継するのではなく、工夫をこらした商品で客をつかもうとしている。

JTBは現地社員やガイドの雇用を守るとともに、客と旅行の接点を保つため2年8月からオンライン観光をスタート。遠方の家族や友人らが同時に楽しめるプライベートツアーのほか、現地には行かないものの参加者が飛行機に乗り、機内食を味わって海外の風景動画を視聴する「ハイブリッドツアー」などを企画してきた。

無料や1千~3千円の低価格の商品を中心に販売していて、担当者は「コロナ禍で現地に行くことが難しい海外の様子などを気軽に楽しんでもらい、実際の旅の『予習』としてもらえれば。オンライン観光のガイドを気に入って、『次の旅行で指名したい』という人もいる」と語る。

また、これまでに5千以上のオンライン観光のツアーを実施し、20万人以上が体験したというエイチ・アイ・エス(HIS)は昨年1月から、鉄道をテーマにした「HISリモ鉄」を開始。日本から譲渡された車両が活躍する海外で車両見学やバーチャル乗車体験ができるツアーを行っている。担当者は「ファンが多いニッチな分野を狙った」とし、ツアーをきっかけにファン同士のコミュニティーをつくってもらい、コロナ後の旅行需要につながることを期待しているという。

コロナ禍でも活路を見いだそうと各社の模索は続く。日本総合研究所の若林厚仁・関西経済研究センター長は「現状では、オンライン観光は実際の旅行の代替的な選択肢にとどまっており、コロナが収束すれば市場規模は縮小する可能性が高い。各社が進めているように、リアル旅行につなげる〝呼び水〟にすれば業者にもメリットがあるはずだ」と指摘している。(井上浩平)

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