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航空業界、「飛び恥」脱却へ 新燃料「SAF」に熱視線【けいざい百景】

2022年04月13日12時00分

 化石燃料が主流で、二酸化炭素(CO2)の排出量が鉄道など他の輸送手段に比べて多い航空業界。世界的な環境意識の高まりから、欧州を中心に「フライトシェイム(飛び恥)」と航空機の利用を避ける機運も出ている。そんな中、脱炭素の切り札として熱い視線を集めているのが、植物などに由来する新たなジェット燃料「持続可能な航空燃料(SAF、サフ)」。海外に比べ「周回遅れ」が指摘される日本の航空業界も、取り組みを加速させる。

ミドリムシやCO2からも

 SAFは「Sustainable Aviation Fuel」の略語。原料は使用済みの食用油や都市ごみなど多岐にわたり、CO2を電気分解してできた一酸化炭素と水素を混合することで生成される合成ガスから油を作る方法もある。

 原料が食用油や木質バイオマスなど植物由来だった場合、成長段階の光合成で吸収するCO2が、航空燃料としての使用時に排出されるCO2と相殺される。原料にもよるが、既存の燃料に比べ、製造段階を含めたトータルでの実質的な排出量を5~8割程度減らせるという。

 航空業界では電動化や水素燃料の導入に向けた研究も進むが、いずれも実現へのハードルは高い。より即効性のある排出削減策として、環境性能に優れた最新機材への更新や運航効率の改善などに取り組んでいるとはいえ、脱炭素化に向けては「CO2を大幅に削減できるSAFに頼らざるを得ない面がある」(政府関係者)というのが実情だ。

 ただ、SAFは製造量が少なく普及は進んでいない。世界の航空燃料需要に対し、SAFの製造量は1%未満。その製造もフィンランドのエネルギー企業ネステなど海外勢がリードしており、国内航空業界では「日本は周回遅れ」(関係者)という危機感は強い。

 その日本で量産化が始まるのは2025年ごろの見通し。バイオベンチャーのユーグレナはミドリムシが持つ油に着目。航空燃料に近い油を作り出すように培養方法を工夫し、実用化にこぎ着けた。昨年にはSAFを使用したフライトに成功。大量培養する商用プラントを25年に稼働させる計画だ。

 日揮ホールディングス(HD)とコスモ石油なども、廃食油を原料とするSAFについて25年の量産化を見据える。IHIなどは微細藻類から、東洋エンジニアリングやJERAなどは木質バイオマスからSAFの製造を目指している。

東京ドーム一つ分

 「危機意識を持って行動する」。「SAF(サフ)の日」と銘打った3月2日、羽田空港で合同記者会見に臨んだ全日本空輸の平子裕志社長(現ANAホールディングス副会長)は力を込めた。

 この日設立されたのは、業界をまたいで国産SAFの普及促進を目指す有志団体「ACT FOR SKY」。会見には日本航空の赤坂祐二社長も出席し、「日本が相当遅れているという問題意識がある」と強調した。SAFの普及が遅れれば、航空会社として世界で選ばれなくなる可能性がある―。こうした危機感が、長年ライバルとして競い合ってきた全日空と日航を異例の協調に向かわせた。

 団体には、燃料製造を進めているENEOSやコスモ石油に加え、SAF製造に必要な油脂供給での貢献を見込む日清食品ホールディングスなど、計16の企業が参画。業界の垣根を越えた連携により、国産SAFの普及促進に向けた議論を深めていく考えだ。

 これに先立つ昨年10月、全日空と日航は脱炭素に向けた共同リポートを策定。50年にCO2実質排出量をゼロにするカーボンニュートラルを達成するため、30年までに世界の航空燃料の1割をSAFに置き換えるべきと提言した。コロナ禍前に国内で1年間に使用された航空燃料の1割は120万~130万キロリットル。東京ドームの体積に匹敵する量が必要になる計算だ。

運賃上乗せも

 SAFは製造量が少なく価格は既存のジェット燃料の数倍。量産が実現すれば低コスト化は見込めるものの、航空会社が調達費用をどう工面するかも課題となる。

 海外ではSAFに関する運賃制度の整備が進む。独ルフトハンザ航空は、SAFと化石燃料の差額を基に、希望者にはチケット購入時に料金を追加負担してもらう仕組みを導入。追加分で購入したSAFを半年以内に別の便に利用することで排出削減につなげる。仏・オランダ系のエールフランスKLMは今年1月から、SAF利用料として航空券に数ユーロ程度上乗せする仕組みを採り入れた。

 国内航空会社では、全日空が昨年から、SAFを使用した航空便を出張や貨物輸送で利用する企業に費用を一部負担してもらう枠組みを導入した。企業はコスト増となるが、CO2排出削減の証書を受け取れるため、環境への対応を投資家や顧客にアピールできるという利点がある。日本通運や近鉄エクスプレスなど物流3社が参画しており、全日空は対象企業をさらに広げていきたい考えだ。

 ただ、国内航空会社で一般の利用者に負担を求める料金体系を導入するのは「SAFの供給や利用が少ない現状では難しい」(関係者)との見方が多い。実際、SAFを使用したフライトは世界で40万回超実施されているのに対し、国内ではほんのわずか。

 一方、欧州ではSAFの使用を義務化する動きも出始めた。SAFの調達は既に「争奪戦」の様相を呈しており、安定的に確保できる環境の整備が急務となっている。

 平子氏は「経済安全保障の観点からもSAFの安定生産は大きな意味を持つ」と話し、国産SAFの供給拡大が重要だと指摘する。日揮HDの秋鹿正敬常務執行役員は「各国は原料の確保にも躍起になっていくだろう」とみる。政府は30年に国内航空会社が使用する燃料の1割をSAFに置き換える目標を掲げており、官民協議会を立ち上げて原料調達から製造・流通までサプライチェーン(供給網)の確立を図る考えだ。

 50年にアジア圏で約22兆円の市場規模に成長すると見込まれるSAF。大きなビジネスチャンスである一方、製造や調達をめぐる競争のさらなる激化も予想される。普及に向けた対応は待ったなしで、国内勢が巻き返しに向けて今後どのような手を打っていくのか、注目が集まる。

(2022年4月13日掲載)

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