昭和の雰囲気が残るレトロな飲み屋街がインバウンド(訪日客)に人気だ。有名観光地に飽きた訪日客からのニーズが高く、最近は通訳スタッフが同行する訪日客向け「スナック」ツアーも好評という。円安を追い風に旺盛な訪日客の消費が、新型コロナウイルス禍で沈んだ夜の歓楽街を活性化させる起爆剤となり、特需に沸いている。一方で、安い酒で長く居座る日本人の常連客が通いにくい雰囲気も醸成されており、常連には〝哀愁〟も漂っている。
スナック文化を楽しく体験
一般に女性がカウンター越しに接客する飲酒店として知られる「スナック」。日本人でも多少の入りづらさを感じる大人の社交場が今、訪日客の注目を集めている。
9月上旬。東京・新宿のスナックでは、カラオケで英ロックバンド「クイーン」の代表曲「ボヘミアン・ラプソディ」を歌い上げる外国人の姿があった。カウンターにいるママや同席した他の外国人客らも一緒になって盛り上げ、店内には異様な一体感が醸成されていた。
参加者がお酒を楽しむ間に、帯同する通訳スタッフが「なぜお菓子でもないのに〝スナック〟と呼ぶのか」「なぜお店を仕切る女性を〝ママ〟と呼ぶのか」といった疑問をクイズや紙芝居を用いて英語で紹介。日本独自のスナック文化を楽しく学んでいた。
これは、訪日客けに提供されている「スナックツアー」の一場面だ。ママとの会話やお酒を約1時間堪能した後は2軒目にはしご酒。今度は、この日参加した6人が座るとすし詰め状態となるカウンターだけの細長い店内で、映画好きのマスターの話に耳を傾けた。
初めてスナックを体験したというトルコ国籍の女性、ヌルジャン・エリフさん(31)は「トルコには店のマスターや他のお客さんと会話やカラオケを楽しめるお店はない。心配していたチャージ(席料)も安くて、スナックはとても楽しい空間だった」と満足した様子だった。
きっかけは日本のアニメ
このツアーを企画するのは、スナック文化の継承と発展を目指し令和3年に設立された「オンラインスナック横丁文化」(東京)というベンチャー企業だ。
今年9月からスタートした現在のツアーは、アサヒビール、JTB、テーブルクロスを含む4社の協業運営で、東京の新橋や銀座、上野などでも実施している。2軒のスナック巡りに加え、食をテーマにした邦画観賞や繁華街散策の機会を設けており、ディープな夜の日本文化を体験できるサービスとなっている。
参加費用は1人約2万5000円。週2回開催しており、「欧米の富裕層を中心に利用者が増えており、多い日は約10人が参加する」(担当者)という。
では、なぜここにきて訪日客からスナックが注目されるようになったのか。
「国内外でヒットしたアニメ映画『すずめの戸締り』や日本のゲーム作品にスナックが登場し、それをみて興味を示した外国人がスナックに訪れるようになった」。そう話すのはオンラインスナック横丁文化の五十嵐真由子代表だ。
旅行会社の社員時代に仕事で訪れた地方で、地元住民と楽しく飲めるスナックに魅了された五十嵐氏。全国850軒以上のスナックを訪れる中で、ママや常連客の高齢化、さらにはコロナ禍による営業自粛の影響で閉店や経営難に追い込まれているスナックが急増していることを知った。
何とかスナック文化を継承・発展させようと同社を設立。まずはコロナ禍でもスナックを楽しめるオンライン飲み会「オンラインスナック横丁」を開始した。
すると、「外国人がオンラインスナック横丁に参加する不思議な現象が起きた」(五十嵐氏)。その理由を調べてみると、前述した日本のアニメやゲームに登場したスナックに興味を示したといい、「コロナ禍明けには、日本のスナックを体験したい」という要望が集まった。
「これは訪日客にニーズがある」。そう判断した五十嵐氏は昨年1月、時を置かずにすかさず訪日客向けのスナックツアーを企画した。
常連客淘汰の背景に経営難
しかし、言語の壁や常連客が嫌がるなどの理由で、訪日客の入店を断るスナックは少なくない。「訪日客を受け入れてもらうようママを説得するのが大変で、9割近く断られた」。五十嵐氏はそう振り返る。
そうした店側の不安解消に向け、ルールづくりに努めた。ツアーには必ず通訳スタッフを帯同させ、店舗の滞在時間は1時間、お酒は1軒につき3杯までと決め、常連客などにも影響が及ばないよう配慮した。
すると、新たな取り組みに挑戦したい若いママの店を中心に協力店は少しずつ増えていった。今では、外国語が堪能なスタッフを独自に雇い、訪日客を受け入れる店舗も珍しくない。特に300軒近くのスナックが軒を連ねる東京・新宿の「ゴールデン街」には、連日多くの訪日客が訪れ、今や一大観光地化している。
ただ一方で、五十嵐氏の意に反し、ゴールデン街に訪日客が集まりすぎたことで、日本人の常連客の足が遠のく店が散見されるようになった。実際、かつて週1回はゴールデン街に通っていたという東京都杉並区の男性会社員(47)は「いつも通っていた店が外国人だらけで入りにくくなった。なんだか悲しいし、締め出された感じ」と話すなど、怨嗟の声もあがっている。
英語表記のメニューを揃えるなどして訪日客の囲い込みを進めるゴールデン街のあるスナックのマスターは胸の内を明かす。「外国人のお客さんの方が儲かるもん。安い酒で長居する常連客ばかり相手してたら儲からないよ」。
歴史的な円安を追い風に訪日客の消費は旺盛で、ある他のスナックでは1杯1万円近くもするジャパニーズウイスキーが飛ぶように売れている。同店のママも「正直、日本人の常連客では、こんな景気の良い飲み方しないよね」と申し訳なさそうに苦笑いする。五十嵐氏は新宿に訪日客が集中しないよう、新橋や銀座などでのスナックツアーを増やし分散化を図るが、改善は困難な状況だ。
こうした背景には、スナックの苦しい経営状況がある。東京商工リサーチがまとめた今年上半期のスナックの倒産件数は13件で、前年同期比2・6倍に急増している。コロナ禍以降、二次会でのスナック利用の激減も影響しており、その穴を旺盛な訪日客消費で埋めようと考えるスナックが増えているのが実態だ。(西村利也)