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[New門]は、旬のニュースを記者が解き明かすコーナーです。今回のテーマは「生体認証」。
身体的な特徴から個人を特定する生体認証の活用が広がっている。指紋を使ったスマートフォンのロック解除、顔認証による入退室管理などが代表例だ。利便性は高まっているが、誤認証や情報漏えいのリスクはないのだろうか。
窓口効率化、人手不足を解決
東京・新宿の京王プラザホテルは8月、顔認証によるチェックインシステムを導入した。利用客は事前に顔写真や名前などを登録。チェックインの際、ロビーにあるカメラ付きの機器に顔を映すだけでカードキーを受け取ることができる。
目や鼻、口の位置や形などを読み取り、認証までにかかる時間はわずか1秒程度だ。
利便性向上に加え、人手不足への対応も導入のきっかけとなった。ホテルではコロナ禍で遠のいた客足が外国人観光客を中心に戻りつつある一方、対応する従業員が以前より減少。杉浦陽子企画広報支配人は「窓口業務の効率化により、他の接客業務の質を高めたい」と話す。
富士キメラ総研によると、生体認証の関連機器やソフトウェアを含めた国内市場規模は、2021年に181億円だったが、27年に1・4倍の247億円に拡大する見通しだ。
指紋・静脈・虹彩…「なりすまし」懸念残る
生体認証では指紋や顔のほか、指や手のひらの静脈、目の瞳孔の周りにある虹彩などが使われる。事前に生体情報をシステムに登録しておき、カメラやセンサーで読み取った情報と照合して本人を特定する。
他人を本人と誤認してしまう確率は、顔の場合は5%だが、指紋は1万分の1、虹彩は1億分の1と高い精度を誇る。一方、マスクの着用や化粧、汚れなどが原因で情報を正しく読み取れず、本人を認証できない確率は指紋や静脈で1%、顔で5%、虹彩で10%程度という。
利便性の高さも特長だ。カードなどの証明書を持ち歩く手間が省け、パスワードをメモしたり覚えたりする必要もない。
懸念は情報の漏えいや他人によるなりすましだ。生体認証で使う情報が漏えいした場合、指紋や顔、静脈などの情報を変更することは簡単ではない。
2013年には、ブラジルの病院に勤務する医師がシリコーンで偽造した指を使って指紋認証をすり抜け、同僚の勤怠記録を偽装する事件も起きた。こうした対応策が課題となっている。
ワンストップで安全に便利に
それでも生体認証の普及へ期待は大きい。日立製作所が21年に行った調査では、本人確認で生じる問題を生体認証で解決したいかという質問に対し、65・3%が「そう思う」と回答。様々なサービスと組み合わせることで、生活の利便性をさらに高められる可能性もある。
日立と東武鉄道は8月、買い物の決済やポイントの受け取りについて、指の静脈などを使った生体認証で一括処理するサービスを始めると発表した。生体認証とほかのサービスをつなぐ技術基盤として提供し、他の企業の参加も募る。
日立の吉田貴宏マネージドサービス事業部長は「買い物や飲食店、乗り物など複数のサービスを、生体認証によりワンストップで安全に便利に使えるようにしたい」と意気込む。
情報管理のリスクを減らすための取り組みも進む。NECは顔と虹彩を組み合わせた生体認証システムを20年に開発し、誤認証率を100億分の1以下に抑えた。日立は暗号化した生体情報が漏れても復元できない技術を開発、安全性を高めようとしている。
生体認証に詳しい静岡大の大木哲史准教授は「技術的には相当成熟してきている。個人情報の厳格な管理やデータ利用時の倫理上の問題などを改善し、利用者の信頼性を高めることが普及のカギを握る」と指摘する。