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オーバーツーリズムに悩む富士山、登山鉄道構想が再始動-CO2抑制へ

訂正済み
  • ホテルなど提供で収益力強化狙う-鉄道運賃は往復1万円検討
  • 交通の利便性向上は「弾丸登山」を誘発すると懸念の声も

訪日外国人に人気の高い観光地の一つである富士山では、新型コロナウイルス禍後の観光客の急増で、自然環境などに悪影響が及ぶ観光公害(オーバーツーリズム)が深刻化している。環境への負担を減らすため、山梨県が検討してきた登山鉄道構想が再び動き出した。

  登山シーズンの最終週だった9日、5合目では、悪天候にもかかわらず大型バスが行き来し、観光客と頂上を目指す登山客であふれかえっていた。来訪客が捨てていくごみを回収する頻度が増え、トイレの処理能力も追い付いていないという。

Japan’s Mt. Fuji Bets on Railway to Tackle Emission Concerns
9日、5合目の登山者の様子
Photographer: Toru Hanai/Bloomberg

  混雑により「5合目の問題が看過できない状況になっており、解決を急がなければならない」と富士山事業に関わって8年目の山梨県知事政策局次長、和泉正剛氏は話す。

  山梨県が2021年に提案した「富士山登山鉄道構想」は、来訪者数を抑制することでオーバーツーリズムによる環境への悪影響を抑えつつ、インバウンド(訪日外国人)による経済効果を拡大させる計画だ。民間事業者を主体とし、総費用は約1400億円と見込んでいる。ただ、具体的な実現のめどは立っておらず、今年度、県は技術的課題の調査や地元との議論を開始する。 

  世界文化遺産に登録された13年から新型コロナが流行する前までの6年間で、5合目の来訪者は約2倍に増え、506万人に達した。和泉氏によると、23年の来訪者数は、コロナ禍前の7-8割程度に回復しているという。 

富士スバルラインにおける自動車起因のCO2排出量(推計)

出所:山梨県

  来訪者の急増に伴い、5合目付近の二酸化炭素(CO2)の排出量も増加が続いている。1994年に導入され、毎年夏季に実施されているマイカーの通行規制により、5合目まで走行する乗用車の数は減少した。一方で、規制の対象外であるツアーバスなど大型車に利用が集中し、結果として排出量は増加傾向にある。

  山梨県は、既存の有料自動車道の富士スバルライン上に次世代路面電車の線路の敷設を目指す。自動車やバスの通行を規制し、次世代型路面電車システム(LRT)に移行することで、CO2の排出量の大幅削減を見込んでいる。

  国土交通省の2019年のデータによると、乗客1人を1キロメートル運ぶ際に排出されるCO2の量は、自家用自動車が130グラム、バスが57グラムであるのに対して、鉄道は17グラムと大幅に少ない。ブレダ応用科学大学で観光交通を研究するポール・ピータース教授は、LRTを稼働させるエネルギー源を再生可能エネルギーにすることが脱炭素化の鍵だと言う。

Japan’s Mt. Fuji Bets on Railway to Tackle Emission Concerns
御来光を見ようと山頂を目指す登山者のライトが夜の登山道を照らす 
Photographer: Toru Hanai/Bloomberg

  山梨県はグリーン水素の製造技術を活用するなど、LRTの走行に使われる電気に再生可能エネルギーを利用することを検討しており、再エネの割合について、「できるだけ100%に近づけるように考えていきたい」と和泉氏は話す。

  脱炭素化に加えて、山梨県は、富士山を訪れるインバウンドの収益化にも注力する。現在は、入山料として「富士山保全協力金」を任意で1人1000円を徴収している。検討されているLRTの運賃は10倍の往復1万円だ。

  「地元にもしっかりとお金が落ちるビジネスモデルをつくっていきたい」と話す和泉氏は、5合目にホテルを建設するなどしてサービスを提供し、来訪者の満足度を上げれば対価が得られるとの見方を示した。

  ピータース教授は「鉄道を取り入れることで、高級感のある空間にすることができ、結果的により消費額の高い人たちを呼び込むことができる」とし、登山鉄道開通によるインバウンド需要へのダメージはないと話す。

利便性向上のリスク

  一方で、利便性の向上は、富士山で現在、最も問題になっている「弾丸登山」を誘発すると懸念する声もある。弾丸登山は、山小屋に宿泊せずに夜間に山頂を目指す登山行程で、体調を崩すリスクが高まる。

  京都大学の栗山浩一教授(生物資源経済学専攻)は、1万円の運賃徴収で国内登山者数を31%抑制できると試算する一方で、「利便性を高め過ぎて、誰でも気軽に登れる山にしてしまうのは、 逆に危険な面もある」と指摘。対策として、北海道の知床国立公園が実施しているガイド同行の義務化が最も効果的との見方を示した。

Japan’s Mt. Fuji Bets on Railway to Tackle Emission Concerns
山中湖から見える富士山
Photographer: Toru Hanai/Bloomberg

  県は今年度6月の補正予算案で事業化への調査・検討や地元とのコンセンサス形成のため、約6200万円を計上した。登山鉄道構想を巡っては、富士吉田市や、山小屋でつくる組合などから反対の声も上がっているが、県は反対意見に対して、調査・検討の結果を丁寧に説明する方針だ。

  8月には中国政府が日本への団体旅行規制を解除し、訪日外国人数の回復が見込まれる。ブルームバーグ・インテリジェンスは、中国人観光客の回帰で、訪日外国人数は24年にはコロナ前の水準に戻り、25年には過去最高に達すると予想する。オーバーツーリズムへの対応は喫緊の課題と言える。

(添付写真のうち3枚目のキャプションを「河口湖」から「山中湖」に訂正します)
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