「越冬ツーリズム」 温暖な南欧に熱視線、燃料危機で
【イスタンブール=木寺もも子】ロシアのウクライナ侵攻を背景に燃料危機に直面する欧州では、長く厳しい冬を温暖な南欧で過ごす「越冬ツーリズム」が注目されている。スペインやギリシャは異例の冬季キャンペーンを打ち出し、航空会社も直行便を運航する。新型コロナウイルス禍で業績が落ち込んでいた観光業界では、新たなニーズに期待が膨らむ。
「暖房費を考えたら、暗くて雨ばかりの英国より太陽が見えるスペインで気持ちよく過ごしたい」。英南部バースに住む写真・映像作家のグラントさん(57)と妻のシルビーさん(58)は2023年1月から約2カ月間、地中海に面したスペインのリゾート地で過ごすことを決めた。
民泊仲介サービスのエアビーアンドビーで見つけたアパートの滞在費は月約600ポンド(約10万円)。同期間を自宅で過ごす場合の暖房費は昨年の2倍の1000ポンド程度になりそうだといい、「そのほかの費用を考えても、わずかな追加出費で済みそうだ」と話す。仕事はリモートで続ける。
ウクライナ侵攻前の欧州では、ロシア産天然ガスへの依存度が高かった。ロシア産ガスの供給減で暖房用のガス不足が懸念されるなか、各国では光熱費値上げや暖房の利用制限が相次ぐ。
英国のエネルギー当局は、標準世帯の光熱費が10月から80%増の年3500ポンドになると表明した。ドイツ政府は公共施設での暖房温度を19度以下に設定し、景観照明を禁止した。フランス政府も10月、各家庭に17~19度の暖房温度を推奨するなど国民に節制を促している。
一方、本格的な冬の到来を前に、南欧の国・地域は越冬需要の取り込みに動き出した。
「欧州の北部では何カ月も続く冬が、こちらでは1カ月程度だ。寒さも厳しくない」。ギリシャのキキリアス観光相は日本経済新聞の取材に対し、越冬ツーリズムの可能性を力説した。
ギリシャでは夏のトップシーズンには月500万人もの観光客が訪れる。一方、冬はその10分の1程度となり、長期休業するホテルや店舗も多い。世界遺産など多くの人気観光地を有するが「欧州の旅行客の多くは夏のギリシャに海や太陽を求めてやって来る」(キキリアス氏)。
観光業はギリシャの国内総生産(GDP)の2割を占めるが稼働期は夏に集中する。主要産業の通年化への商機とみた政府は、2000万ユーロ(約29億円)の広告予算を投じて冬の誘客に取り組むと表明。観光相自ら10月にドイツやフランス、スウェーデンなどを回り、現地航空会社や旅行会社幹部と面会し、直行便の運航期間延長や旅行プランの拡充などで合意を取り付けた。
「コスタ・デル・ソル(太陽海岸)」と呼ばれるスペイン南部マラガ県の観光協会も異例の冬季の誘客に100万ユーロの予算を付けた。マラガでは1月でも気温が8~17度で昼間は暖房いらずだ。
コロナ禍での低迷を挽回しようと、欧州格安航空会社(LCC)最大手のライアンエアー・ホールディングス(アイルランド)は冬季のスペイン南部路線の拡大を決めた。エアセルビア(セルビア)も10月末、首都ベオグラードと地中海の島国マルタ間の直行便を3年ぶりに再開した。
英メディアによると、スペインのバルデス観光担当長官は、英国民が査証(ビザ)なしで滞在できる期間を現行の90日から延長できるよう、欧州連合(EU)に働きかけていると明らかにした。