円安はもはや追い風ではない

円安が収まらない。

9月22日に1ドル=145円を突破したタイミングで政府・日銀は24年ぶりの為替介入を実施、いったんは1ドル=140円台に押し戻したが、その効果も短期間で消え、10月3日には再び1ドル=145円を付けた。

海外のインフレと、円安による輸入物価の大幅な上昇が、国内消費者物価にも波及し始めてきており、日本でも遂にインフレが本格化する様相を呈してきた。

2016年の大みそかの浅草寺
写真=iStock.com/AlxeyPnferov
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円安は日本経済にプラスだと言い続けてきた日銀の黒田東彦総裁も、「これまでの急速かつ一方的な(円安の)動きは、わが国経済にとってマイナスだ」と9月26日の大阪市内で記者会見で述べるなど、持論を修正しつつある。それでも大規模な金融緩和は継続する姿勢を崩しておらず、外為市場では当面、円安が収まらないとの見方が広がっている。

確かに、かつては円安になれば日本企業の輸出が増え、自動車や家電メーカーなどが好業績に沸いた。企業の利益が増えた結果、賃金も上昇して、人々の消費が増えて、それが再び企業収益を押し上げる「好循環」のきっかけになった。円安は日本経済全体にプラスに働いていたわけだ。

今回も円安によって最高益を記録する製造業が数多くある。だが、それが賃金の上昇に結びつくかというと様子が違う。

決算上での数字は良くなるが実際は…

1990年代から2000年代にかけての円高に対応するために、製造業は工場を海外に移転した。事業構造が変わったため、円安になったからといって日本からの輸出数量が大きく伸びるということがなくなった。

また連結決算のマジックもある。今やホンダなどは米国での利益が日本よりも大きい。円安になれば米国での利益を円換算した場合、数字が大きくなり、連結決算上の利益は押し上げられる。かといってドルの利益を円に転換して日本国内に持ち帰るわけではない。

日産自動車で最高執行責任者(COO)を務めた志賀俊之氏も、毎日新聞のインタビューで次のように語っている。

「自動車業界は円安で海外売上高や海外のドル建て資産が円換算で増えるので、決算の上では数字は良くなります。しかし、円安になると国内生産に必要な輸入部品のコストが上昇するので、実際のメリットはほとんどないのではないかと思います」

円安でむしろ輸入原材料の価格が上昇、電気などエネルギー代や輸送費なども大幅に上がっている。大手メーカーが下請けからの購入代金を多少引き上げたからといって、「従業員の給与を増やす余裕はない」と部品を製造する下請け会社の社長は言う。つまり、円安が日本経済の起爆剤になった1990年代までとは状況が違うと言うのだ。