コロナ禍の今こそチャンス インバウンド再開への準備、山陰で広がる

吉田博紀
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 コロナ禍で訪日客がいない今こそ、おもてなしの力を向上させよう。山陰各地で、外国からのインバウンド観光の受け入れ態勢を充実させる動きが相次いでいる。国内客も低迷する中、歯を食いしばりながら、再び外国人観光客でにぎわう光景が戻る日を信じて。

 見上げれば大山、眼下に弓ケ浜が広がる立体的な眺望を売りに、大山参道ホテル頂(いただき)は2019年秋、鳥取県大山町で開業した。米国や香港などからの客らも訪れて好調な滑り出しをして半年も経たず、新型コロナウイルスの感染拡大に見舞われた。

 予約のキャンセルが相次ぐ中、ゼネラルマネージャーの小谷英介さん(39)はひらめいた。「これはチャンスじゃないか」

 19年冬のイタリア旅行で、複数の空き家をまとめて一つのホテルのように仕立てる地域活性策を知って一念発起。9カ月後、空きビルの一室を改装して開業した。

 外国人客に山陰のおいしい食材を使って自炊の楽しみを味わってほしいと思い、70平方メートルの部屋には本格的なキッチンを設けたが、反応は「近くにレストランはないの?」。外国のリピーター客を獲得するには、売り出し方を考え直す必要があるとも感じていたからだ。

 当初、富裕層からの反応が予想外によかったことも考え、昨年3月に始めたのが「出張シェフ」のプランだ。松江市からフランス料理のシェフに来てもらい、他人の目を気にせずフルコースを味わえる。1泊2食で1人3万9千円からの設定だが、記念日をぜいたくに過ごしたいなど日本人客が増え、評判を聞いた在日外国人の客も現れ始めている。

 「外国人に刺さるメニューや演出方法を、今のうちに練り上げておきたい」と小谷さんは意気込む。

 松江ニューアーバンホテル(松江市)は今年2月、外国人向けの企画ツアーを作った。ローカル私鉄とサイクリングを組み合わせた出雲大社への1日ツアーや、松平不昧(ふまい)公ゆかりの漆の絵付けなどを体験できるツアーで、通訳兼ガイドが同行する。

 料金は1人1万5千円前後。しかし、運営会社の植田祐市社長(58)は「地方では、東京などのように外国人客の数で稼ぐやり方は成り立たない。高くなっても、それ以上の価値を提供する」と話す。

 「もともとインバウンドでは、山陰のような地方と大都市では受け入れ数に大きな差があったが、コロナ禍でどこもゼロの横一線に戻った。よい観光コンテンツを今のうちに作れば、地方都市の生きる道も開けるはず」と植田社長は思い定める。

 立ち寄り先も厳選した。社内の話し合いでは、おしゃれなカフェなどを考えていたが、外国人らに意見を聞くと「そんなところより、島根の田園や築地松のある風景の方がいい」。コース内容は、実際にインバウンド客での経験を重ねてさらに改善する考えだ。

 観光庁などによると、19年に延べ約28・8万人に上った山陰両県の外国人客は、コロナ後の20年には4・5万人と85%も急減した。

 コロナ前には外国人客の急増によって交通渋滞などの観光公害が起きるなど、観光業界の弱点も浮かび上がっていた。客が減った今をその克服の時間に充てようという「逆転の発想」も目立ち始めている。

 鳥取、島根両県の行政や企業でつくる山陰インバウンド機構(鳥取県米子市)が2年前に開発したスマートフォン向けアプリ「ディスカバー・アナザー・ジャパン・パス」は、同じく弱点とされた観光施設のデジタル化の遅れを解決する手段として生まれた。今も改善が続く。

 山陰2県を中心に美術館や観光スポットの入場券、周遊バスのチケット、飲食店などの優待クーポンとして使えるデジタルパスだ。スマホに無料でダウンロードできるアプリで外国人客がパスを買い、各施設にあるQRコードにかざすと「OK」のサインが出て入場などが認められる。ロンドンなどで実用化されているデジタルパスを参考にした。値段は120時間(5日)有効で大人1万2千円など。

 施設側で新たな設備なしに導入できるよう工夫をしているため、使える施設は徐々に増加。スタートした20年時点の参加施設は30カ所だったが、コロナ下でも拡大に努めた結果、今春には100を超えた。外国人客にとっては、施設ごとにいちいち支払う手間が省けるほか、施設のセールスポイントや行き方などの情報をスマホ一つで調べられるメリットがある。施設側にも、どの国からの客がいつ、どんなサービスを受けたかといったデータを簡単に蓄積、確認できる。機構はさらに、鉄道や高速バスなど使えるところを増やそうと交渉を進めている。

 機構の河合貴之・市場開発部長(45)は「山陰に限らず山陽3県や関西でも使えるようにして、西日本を訪れた外国人を山陰に呼び込むツールにしたい」と考えている。(吉田博紀)

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 インバウンド 外から中に入り込むという意味の英語で、観光業界では外国人の訪日旅行を指す。インバウンド客数は2019年に3188万人に達し、電子部品輸出額を超える4・8兆円の外貨を稼ぎ出したが、コロナ対策で政府が水際対策を講じた結果、昨年は24万人余にとどまった。

 岸田文雄首相は5月26日、観光目的では2年ぶりになるインバウンド客の受け入れを6月10日から再開すると表明した。感染状況が落ち着いている国から添乗員つきのツアーを受け入れ、感染対策や、感染者が出た場合の対応などを検証。感染拡大を抑えながらツアーができると判断すれば徐々に受け入れの拡大を検討する。

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