日本の観光市場に勝機? 韓国企業続々参入へ いったいなぜ?

日本の観光市場に勝機? 韓国企業続々参入へ いったいなぜ?
日本を訪れる外国人観光客数がコロナ前に近づき、活気が戻ってきた日本の観光業。

いま、観光資源の価値を高め、観光業を成長させる上で欠かせないとされるのが、「観光のデジタル化(観光DX)」です。

実はそうした市場に参入しようと、韓国のスタートアップ企業が続々と進出していることを知っていますか。現状や背景を取材しました。

(ソウル支局 長野圭吾 イム・ギョンソン / 国際部 吉塚美然)

東京に拠点 韓国の観光スタートアップ企業

去年12月。東京・渋谷に真新しいオフィスがオープンしました。

韓国の政府系企業・韓国観光公社が設置した「観光企業支援センター東京」です。
この日は、審査で選抜された優良スタートアップ企業15社が入居しました。

宿泊予約サービスや航空券の販売システム、旅行者向けの決済サービスなど様々な業態で、ここから日本の観光業への参入を目指します。
宿泊予約サイトを運営する担当者
「日本全国の知られざる宝石のような宿泊施設を見つけ、それを韓国や東南アジア市場に知らせるのが目標です」
K-POP関連企業
「日本のK-POPファン、韓国のJ-POPファンが互いの国を行き来しながら、観光と連携していくサービスを予定しています」
韓国観光公社は、このオフィスを企業に無料で提供。国をあげて、日本の観光産業への進出をサポートしていこうとしています。

レンタカー会社の手作業をデジタル化

韓国南部のチェジュ島。ここに、東京のオフィスに入居した企業の1つがあります。

レンタカー会社向けのシステム開発を行うスタートアップ企業です。
年間1400万人の観光客が訪れるこの島には、100社以上のレンタカー会社があります。

この会社は、島内のレンタカー会社の業務のうち、予約や貸し出しなど、手作業でやる手続きが多く残っていることを知り、7年前にそれらをデジタル化できるシステムを開発。

順調に販路を広げ、いまでは従業員100人の企業にまで成長しました。
ユン社長
「韓国のレンタカー会社では数年前まで、予約が入るとホワイトボードに書いた車種を手で消していくアナログな方法でした。レンタカー業界はデジタル化されずアナログで残っている分野です。しかし調べてみたら、市場も非常に大きくて、デジタル化が進めばさらに大きなスケールになっていくと確信しました」
ユンさんのシステムを利用しているレンタカー会社です。
営業所に置かれているのは、レンタカーの無人貸出端末です。

利用客は、名前や運転免許書、保険など必要な情報を入力すれば、手続きのほとんどを無人で済ませることができます。
利用者
「数年前は列を並んでいましたが、今は自動車の免許証も機械で認識できて、借りる時間も短縮され便利です」
レンタカー会社の運営も変わりました。かつてこの会社では、電話やメール、旅行会社など様々なルートから入る予約を、手作業で整理し、配車していました。

しかし今では、インターネットを通して入った予約が、リアルタイムにシステムに反映されるようになりました。
配車できる台数以上に予約を受けてしまう「オーバーブッキング」がなくなり、予約や配車を担当する人手が減らせるようになったといいます。
レンタカー会社の社員
「手書きで入力したり、電話を受け付けたりする人数が、デジタル化によって減らすことができました。その人を、車の洗浄などお客様のサービスに回しています」

次なる販路は 日本のレンタカー市場

ユンさんが次に、このシステムの販売先として考えたのが、日本でした。

中でも沖縄県は観光業の人手不足が大きな課題になってきました。
2年前、沖縄に現地法人を設立。システムを日本の法律に合わせ、無人貸出端末を日本語でも操作できるように改修することで、これまでに、沖縄を中心に20社以上と契約を結びました。

魅力は日本の巨大な観光市場

今後は、北海道や東京でも事業を本格化させたいユンさん。

日本進出の最大のメリットは、韓国にはない観光市場の規模の大きさだと言います。
ユン社長
「日本の観光業には、巨大な内需市場があります。さらに1年で3千万人もの外国人が訪問したこともある観光大国です。しかし、レンタカーや旅行に目を向けると、デジタル化が進んでいないので、旅行者はとても不便を感じています。私たちにとって、日本の観光市場はブルーオーシャン(未開拓市場)だと確信しています」
日本の観光庁がまとめた日本の旅行消費額は、約18.7兆円(2022年)。

そのうち9割が日本人の「国内宿泊旅行」や「日帰り旅行」が占めます。
一方韓国の観光市場は、韓国銀行の統計によると約288億ドル(4兆3000億円)。

統計の取り方に違いがあり、単純な比較はできませんが、日本の観光市場の規模が、韓国より遙かに大きい状況が見えてきます。

この市場規模の差が、韓国のスタートアップ企業を惹きつけているのです。

無人免税サービスで日本を目指す

海外旅行で利用が進む免税サービスで、日本進出を目指すスタートアップ企業もあります。
キム社長
「この装置を通して、観光客は好きな時に(免税)商品と還付金を受け取ることができます」
社長のキム・ヨンウンさん(金龍雲)は去年10月、韓国を訪れる外国人観光客向けに、免税サービスとネットショッピングを連動させた新しいビジネスを始めました。

その仕組みです。

まず韓国を訪れる観光客は、旅行の前か韓国入国後、専用のショッピングサイトに入り、税金も含んだ額で、化粧品などの商品をオンライン購入します。
購入した商品は、ソウル市内の繁華街に設置された専用ロッカーに納入されます。

ロッカーについたスキャナーにパスポートを読み込ませると、商品を取り出すことができます。
同時に、払っていた税金もその場で還付されます。

ロッカーは早朝から深夜まで利用でき、旅行中の空き時間、時間をかけずに受け取れることがメリットだといいます。
韓国では免税制度を利用して買い物をすると、多くの場合、帰国の直前に空港の専用窓口に行って、商品の受け取りや税金の還付を受ける必要があります。

繁忙期などは混雑することが多く、出発前の空港で、多くの時間を見込まなければならない場合もあるからです。

世界で勝負するためにも 大切な日本市場

3年前に、仲間5人とスタートさせたキムさんの会社。いま、日本にも進出し、この免税サービスを訪日観光客に向けて展開できないかと考えています。

グローバルな市場を目指す第一歩として、日本の市場は重要だと考えています。
キム社長
「日本市場は私たちのビジネスが、グローバルに展開できるかをチェックしてもらえる最初の市場です。
さらにスタートアップ企業が成長するためには優秀な人材や、いい投資家との出会いが必要です。日本は、世界に参入するために、そうしたものを見つけることのできる市場です」

課題は日本企業との連携

日本と韓国の免税の仕組みが異なる中、どう日本の市場に参入すればいいのか。

キムさんは、日本の投資ファンドに、日本市場進出へのアドバイスを求めました。
担当者は、このビジネスの将来性は評価しながらも、課題も指摘しました。
日本の投資ファンドの担当者
「結局この事業というのは、独自で事業を展開するのではなくて、日本国内の様々な会社、物流会社もそうですし、いろんな日本の企業と連携しながら展開しないといけないビジネスです。日本の大手企業とどううまくパートナーシップを組むのかが、一番難しい壁ではないかと思っています」
アドバイスを受けたキムさんは、早速動きだしました。

ソウル市内で開かれた日本の大手企業などが集まるパーティーに参加。

自らの事業を説明し、パートナーとなってくれる企業と出会う、きっかけを見つけたいと考えたのです。
キムさんは、日韓関係が良好ないまは、大きなチャンスだと考えています。

目標は2年以内の、日本での事業開始です。
キム社長
「きょうはビジネスモデルに関心があると言ってくれたのが2社ありました。最初の一歩を踏み出すことが大事だと思います。日本のスタートアップがまだチャレンジしていない領域に、韓国のスタートアップ企業の技術と経験を生かしてサービスを提供すれば、日韓双方に良い機会を作ることができると思います」

韓国企業の進出 日本はどう受け止める?

こうした韓国のスタートアップ企業の動きを、日本の観光業はどう受け止めればいいのか。

観光庁の“観光デジタル化推進”の検討会メンバーで、観光業界に詳しい平林知高さんに、日本にもたらす影響について聞きました。
平林さん
「日本の観光業界にとっては、私はプラスになると思います。私も沖縄のレンタカー会社で、業界のデジタル化の遅れについて、しょっちゅう聞いてきましたが、なかなか日本の中で解決するサービスが生まれてこない現状がありました。海外の技術が、自分たちの課題を補ってくれ、生産性の向上につなげてくれるなら、観光業にとっては絶対にいいことだと思います」
また、インバウンドが急拡大する日本の観光市場は、韓国のみならず、世界から注目されていて、日本の大手企業やスタートアップ企業はもっと観光業に目を向け、ビジネスチャンスを見いだすべきだと指摘します。
平林さん
「日本の企業は、観光業が持つ経済的な潜在力を、まだまだ軽視しているところがあると思います。観光の議論では、宿泊、飲食、土産みたいな、限定的な業種をイメージしてしまい、そこに投資し、商品開発や、課題克服のためのイノベーションを提供する部分が、やや薄いと感じます。日本の観光市場には、いろいろな規制や独特の商慣習があり、それを一番知っているのは、日本の企業です。
海外企業が参入を目指すいまこそ、自国の観光市場を見つめ直し、そうした企業と切磋琢磨してやっていけば、いろいろなイノベーションが起こりうる可能性は大きいと思います」

取材を終えて

今回の取材の始まりは、去年8月。ソウルで開かれた日本の観光市場を目指すスタートアップ企業の事業説明会に参加したことでした。

集まった経営者が語る、日本の観光市場進出への熱い思いに圧倒されました。
その経営者たちに共通していたのは、日本市場が決して最終目的地ではないという点でした。

日本進出を足がかりに、そこでパートナーを見つけ、アメリカやヨーロッパなど世界の市場への進出を見据えていました。観光業においても、国境のないグローバルな競争が始まっているように感じました。
ソウル支局 チーフ・プロデューサー
長野 圭吾
1998年入局 21年7月にソウル支局に赴任
韓国の社会問題や映画などの文化を主に取材
ソウル支局
イム・ギョンソン(林京仙)
2021年からNHKソウル支局
韓国の国防省を中心に、韓国の政治や文化なども幅広く取材
国際部記者
吉塚 美然
2019年入局 初任地の福井局を経て2023年8月から現所属
福井局では拉致問題 現在は朝鮮半島を中心に軍事・安全保障分野を取材