次は地域をバズらせたい TikTok100万回再生の旅館が目指すのは

次は地域をバズらせたい TikTok100万回再生の旅館が目指すのは
「宿泊客はまったく来なくなりました。予約が入ったと思ったら感染状況の悪化でキャンセル。従業員たちも落ち込み、何もできない状態でした」
新型コロナウイルスの深刻な影響が全国各地に及んでいた1年半前。大きな危機をチャンスに変えた旅館が三重県にあります。従業員が“ヒマ”になった時間を使って、SNSに投稿した動画が100万回再生と“バズ”り、ファンの獲得や宿泊客の増加につなげたのです。「今度は地域を“バズ”らせたい」と語るおかみの思いに迫ります。(津放送局記者 周防則志)

ダンスで“バズった”のは…旅館!

三重県鳥羽市にある「安楽島(あらしま)地区」。くねくねとした坂道をのぼった先、伊勢湾を望む高台にオレンジ色の外壁の旅館が立っています。

この旅館、新型コロナウイルスの第3波のさなかだった去年2月、あるできごとで注目を集めました。
スーツや着物を着た従業員がキレのあるダンスを披露する動画を、若者を中心に人気の動画共有アプリ「TikTok」に投稿。旅館とダンスというギャップが話題を呼び、男性従業員3人で踊った初投稿の動画は、わずか数日で100万回再生を超え、バズったのです。

旅館ではほかにもYouTubeなどのさまざまなSNSを活用していて、インスタグラムには約6500人と多くのフォロワーがいますが、TikTokは、去年12月にフォロワー10万人を突破するほど勢いがあります。

苦境でYouTube始めるも再生わずか30回

発案者は、おかみの迫間優子さん。きっかけは、新型コロナウイルスの影響で宿泊客が激減し、時間に余裕ができたことでした。
迫間さん
「ヒマでぼーっとしていてもしかたないし。自粛で気持ちが下がっていく中で、皆さんに元気を届けられたらいいなと。1本あげてダメだったら、やめとこうくらいのそんな軽い気持ちで始めましたね」
旅館に新型コロナウイルスの影響が現れはじめたのは、おととし3月、小中学校などが全国一斉で臨時休校になったころでした。

その後、国の緊急事態宣言で宿泊客は0に。4月中旬から5月末までの1か月半の間、休業しました。
この状況で何もしないままでいるわけにはいかない。迫間さんは、休業中も従業員たちと何度も会議を開いて、「この状況が明けたら、お客様をどう迎えるか」、サービス向上などについて話し合い続けたといいます。

真っ先に出てきたアイデアの1つがインターネットを活用した旅館のPRでした。

最初に試したのは、YouTube。見よう見まねで従業員と一緒に撮影や編集を行い、動画を公開しました。しかし結果は惨敗。せっかくアップロードした動画も1本30回再生程度と全く見られなかったのです。
迫間さん
「すごく時間かけて撮って作っているのに、再生回数も伸びない。労力に見合わないし、効率悪いなぁと思いました」
やがて8月になると、政府の観光需要の喚起策「Go Toトラベル」が始まりました。

宿泊客も増えてきたことで、静かだった旅館にもにぎわいが戻りました。従業員たちもやる気に満ちて本来の業務に戻り、いったん、動画の投稿は止まりました。

再び感染拡大…今度はTikTokで

しかし、再び感染が拡大。12月には「Go Toトラベル」の停止、1月に2度目の緊急事態宣言が出されると、再び予約は全く入らなくなりました。
1回客が戻った後だっただけに、従業員たちのやる気も目に見えて落ち込み、何もできない状態になったと言います。

再び“ヒマ”になってしまった旅館。そんな1月のある日、みんなで大掃除をしたあと、ロビーでお昼ごはんに弁当を食べていたときに、迫間さんと従業員の間でこんな会話が繰り広げられました。
おかみ「何かもっとぱぱっと、できることないん?あるやん、なんか踊る動画さ」

従業員「TikTokのことですか?」

おかみ「そうそうそれそれ、やったらええやん」

従業員「えー!」
「YouTubeだと手間がかかる。でも、TikTokなら気軽に動画を投稿できるのでは」

そんな思いから口にしたという迫間さん。当時は、TikTokといえば若者がするもので、旅館が投稿するというのは珍しく、従業員たちは困惑を隠せない様子だったと言います。

「やっぱり難しいのかなぁ」

そう思っていた、数日後。20~30代の若手の従業員たちから「撮ってみました!」という声が。早速やってみたというダンスの動画を見せてくれました。

そして、2月の初投稿へと至ったのです。

動画ファンが宿泊客として続々

迫間さんは、バズった当時をこう振り返ります。
迫間さん
「言いだしておいて、大丈夫かな?って不安だったんです。批判とか来るんじゃないかなって。でも、公開して1時間で数千、時間が経つごとに、数万、数10万とどんどん増えていったので驚きましたね。ここまでバズると思っていなかったので、うれしさとこれからへの不安が入り交じったような気持ちでした」
初投稿から1か月もした頃には、「TikTokを見て来た」という宿泊客も増えていきました。従業員にも思わぬ変化があったと言います。

宿泊客から名前を呼んで声をかけられることが多くなり、接客の際に、従業員一人一人が「見られている」という意識改革があったのです。

「TikTok見ているのに裏切られたと思われないようにしよう」が、旅館の中での合いことばに。

TikTokなどを見て訪れた客がいたら、情報を共有して、動画に登場した従業員もお客の前に顔を出すようにしています。
また、動画で人気を集めていた男性従業員が、去年12月を区切りに退職することになり、卒業までの間にフォロワー10万人を目指そうというキャンペーンを企画。動画投稿やライブ配信を何度も行ったことで、実際に10万人を達成することができたといいます。

それと軌を一にするように宿泊客も増加。ことし8月には、コロナ前の85%ほどにまで客も戻ってきました。

SNSの力は旅館を超えて地域へ

ことし6月、迫間さんは、鳥羽旅館組合の初の女性理事長に就任しました。みずからの旅館だけでなく、地域全体の観光業が盛り上がっていってほしいと、新しい挑戦を始めたのです。
迫間さんが注力していることの1つが、やはりSNSでの集客。旅館で培ったノウハウをもとに、地域の魅力やイベント、そして組合の旅館たちのPRをしていきたいと考えています。

これからの課題は「クーポンからの脱却」だと言います。迫間さんによると、多くの旅館が、「県民割」や「全国旅行支援」などの行政の観光需要の喚起策に頼っているのが現状だといいます。
迫間さん
「クーポンはありがたいのですが、それがないとお客様を呼びこむ力がなくなっていくんじゃないかという焦りがありますね。だからこそ組合からお客様に直接届くような情報発信をしていきたいと考えています。次はキャンペーンがなくなるかもしれない、いつなくなってもいいように組合では動いています」
旅館でバズったTikTokではなく、組合では、より簡単に、低額から広告を出すこともできるインスタグラムでの発信を中心に据えています。

広告を見た人のデータも活用して、今後のマーケティングにも生かしていきたいと考えています。
迫間さん
「TikTokがバズったのは運がよかったというのもあると思うんです。だからまたイチからやれと言われてもできないと思います。絶対にバズる方法というのを私たちがわかっているというわけではないんです。でも、今度は地域全体をバズらせたい。ホテル1つだけあっても、そこに魅力を感じる人はいないですよね。“人が人を呼ぶ”そんなまちになってほしいですね」
津放送局記者
周防則志
2020年入局
“地域の課題を解決する”報道を目指している