リアルもバーチャルも楽しめる 旅行業界を救うハイブリッド観光

デジタル技術を旅行やレジャー産業に活用する「観光DX(デジタルトランスフォーメーション)」が、新型コロナウイルス禍で大きな痛手を負った業界の新戦略として注目を集めている。従来の人手不足を補う道具との位置づけから、観光コンテンツの魅力や質を高める手段と期待されている。メタバース(仮想空間)やAR(拡張現実)など最先端技術の導入が相次ぐが、共通するのはバーチャル(仮想)で完結させないこと。リアル(現実)での体験との融合で観光地への来訪意欲を高め、消費拡大につなげる取り組みが増えている。

京都で取り組み始まる

観光業界は新型コロナの第7波を受け、厳しい環境から抜け出せずにいる。国内旅行は回復の兆しが出始めたものの反転攻勢というには鈍く、日本政府観光局推計のインバウンド(訪日外国人客)は今年1~7月で令和元年比約96・7%減の65万2100人とコロナ禍前の水準にはほど遠い。

政府はインバウンド6千万人、訪日旅行消費額15兆円との2030(令和12)年目標を堅持しており、その達成のカギとみるのが、デジタル技術で観光の質向上を図る観光DXだ。ただ、日本は世界的にあらゆる分野でDX化が遅れており、とりわけ観光では「人海戦術に頼る非効率な業務がいまだに多い」(業界団体トップ)との指摘もある。

こうした中、国際観光都市の京都で、DXで広域観光を目指す取り組みが始まった。京都市と宇治市、滋賀県大津市は映像制作などを手がけるネイキッド(東京)と共同し、メタバースと現実世界が融合する次世代の体験型観光コンテンツ「ネイキッドガーデン ワンキョウト」を12月25日まで実施する。バーチャルとリアル双方で楽しめるライトアップなどを開催。コンテンツの全容はまだ明らかにされていないが、担当者は「仮想空間と現地にいる利用客とアーティストが一つの作品を作り上げるプログラムも用意する」と期待をあおる。

京都市はコロナ禍前に訪日需要に沸いた半面、混雑による「オーバーツーリズム」の課題も浮き彫りとなった。新コンテンツでは人出が比較的少ない夜間や大津市の坂本エリアなどへの集客につなげ、分散型観光に誘う仕掛けもする。仮想空間であれば訪日が難しい海外からも観光が可能。ネイキッドの村松亮太郎代表は「海外から京都のメタバースに参加できる意義がある」と述べ、コロナ下でも観光消費を増やす有効な手段であることを強調する。

客単価と満足度ともに高め

旅行業もDX化を急ぐ。

旅行サイトの予約や、観光地にある店舗の電子決済情報を蓄積、分析して、需要予測や情報発信につなげる基盤を構築しようと実証実験を始めたのはリクルート。神奈川県箱根町など1県3市町で進めている。

利用する人の年代や嗜好(しこう)に合わせて、土産の品ぞろえや飲食メニューを変えたり、観光情報を発信したりすることで「地域全体の観光消費額を伸ばし、旅の満足度も高められる」(担当者)と説明する。

また、JTBはシステム開発のコトツナ(東京)と宿泊施設向けの多言語同時翻訳サービスを共同開発。令和2年10月の販売開始から今年8月までで国内約250の施設に採用された。チャットの文字が同時翻訳される仕組みで、109カ国語に対応している。手持ちのスマートフォンで利用できるサービスで、宿泊客は従業員と母国語でスムーズにコミュニケーションを図れるという。JTBは「訪日需要の回復に備えるホテルは多いが、コロナ禍で外国人の働き手が不足している。そんな中、翻訳サービスを使えば問い合わせはもちろん、ルームサービスを注文しやすくなるなど滞在の満足度を高め、客単価を増やすことも期待できる」とみる。

〝極小シェフ〟が料理説明

デジタル技術を使って、エンターテインメント性を高め、誘客につなげようとするホテルもある。

プロジェクションマッピングの立体映像を使って、身長約6センチの〝極小シェフ〟をテーブルの上に呼び出すのはセントレジスホテル大阪(大阪市中央区)だ。シェフが食卓を飛び回り、食材を収穫して調理する様子が愛らしく映し出される。一方、リアルの空間ではホテルスタッフがセリフも交えながら絶妙な間合いで本物の料理を出す。8月、1万8500円からの食事プランを発売すると、バーチャルの物語と現実の融合が人気となり、9月までに300人ほどの予約が入った。

セントレジスを傘下に置く米マリオット・インターナショナルは、大阪や東京などで展開するホテル「モクシー」でも仮想空間上の分身(アバター)やARを使ったゲームを楽しめる宿泊サービスも導入している。1990年代半ば以降に生まれ、普段からオンラインゲームに親しむ「Z世代」を狙う。インバウンドが回復するとこの層の来日が増えるとみており、モクシー大阪新梅田(同市福島区)は「ゲームを通して館内を巡るのでホテルを深く知ってもらえるきっかけになる」と期待する。

進む観光DXで共通するのは「バーチャルで完結しない」ことと、デジタル技術でリアルの体験自体も質を高めるという視点だ。観光社会学を専門とする立命館大学の遠藤英樹教授は「現代社会ではリアルとバーチャルの世界が旅の移動先ととらえられており、その双方をうまく融合させなければ、新たな観光市場を生み出せなくなっている」と指摘している。(田村慶子)

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