インタビュー:ジャッツ東京ツアーコンダクターセンターの浦和愛子氏

  • 2015年8月25日(火)

 1977年以来、39年に渡り添乗業務をおこなってきた、ジャッツ東京ツアーコンダクターセンター旅程管理主任の浦和愛子氏。添乗日数は5500日、添乗回数は1117回(2015年4月現在)にのぼり、2011年には関東運輸局局長賞を、今年4月には観光関係功労者国土交通大臣表彰を受賞した。添乗員としてだけではなく、日本旅行業協会(JATA)や日本添乗サービス協会(TCSA)などの講師を担当し、日本旅行新宿支店ヨーロッパプラザで旅行商品の販促に携わる浦和氏に、添乗員としてのめざす姿や今後の抱負を聞いた。


-添乗員に興味を持ったきっかけは

浦和愛子氏(以下敬称略) 英語専門学校を卒業し、1977年に日本旅行に入社しました。旅行会社に入ったのは、先生から日本旅行の募集が学校に初めて来たので、どうかと勧められたことがきっかけ。家が商売をしていたため家族旅行をしたことはほとんどなかったので、旅が好きというよりは、何か自分が得意な英語を活かせる仕事ができたら良いなと思っていました。

 日本旅行では関東支社国際課(当時)に配属され、5年弱勤めました。総務から主催、企画旅行の手配業務、販売促進業務まで、今思えば本当に色々なことをさせていただきました。当時は普通の社員も添乗業務をおこなったので、入って1年目で海外添乗に出ました。最初の添乗はオアフ島4泊6日間のツアーで、サブ添乗員として参加。また、今は海外が主ですが、当時は国内の添乗も担当していました。

 その後、添乗員になりたいと感じて、日本旅行を退社。派遣会社で添乗員として働いていた時に、ジャルパックが初めて一般公募で添乗員を募集することを知りました。当時、ジャルパックの添乗員教育は業界トップレベルと言われていたので、興味を持ち、入社しました。ジャルパックではパッケージツアーの添乗がメインだったのですが、そのうち大型の団体旅行など、いろいろな形態の添乗をしたいと思うようになり、日本旅行に戻ることになりました。


-添乗で一番心がけていることは

浦和 ツアーのお客様の顔と名前については、現地に到着するまでに全部覚えるようにしています。空港で添乗員がお客様を集める時、まだ初日なので、名簿を読み上げて手を上げて下さいという添乗員が多いのですが、私はその時点でもうお客様の顔を覚えて、出て来た瞬間に声をかけるよう心がけています。

 お客様が添乗員を選べるツアーも最近は出てきていますが、通常お客様は添乗員がどういう人なのかはあまり分からないですよね。今はお客様の方も添乗員の仕事内容を分かってきているので、名前を呼ぶことでお客様に「こいつはできる」というふうに思っていただける部分もあると思います。

 今はお客様の目がかなり厳しくなっています。2013年以降、退職した団塊世代が旅行に出る機会が増えており、そういう方達は海外赴任経験がある方も多いです。そのため、最低限の英語が分かる、場合によってはスペイン語圏に赴任していたので片言のスペイン語を話すことができる方もいます。そうなると添乗員もある程度の語学はできたほうが良いと思います。また、それなりの地位についていた方々も多いので、添乗員を見る目も厳しいし、立ち居振る舞いなどの所作がすごく見られています。

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