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危機管理のプロが語る−新型インフルエンザ、今はリカバリー計画をたてる時期

 4月末に発生した新型インフルエンザによって、旅行業界は甚大なインパクトを受けている。ジェイティービー(JTB)グループでは、4月25日から5月29日までに発生したキャンセルにより、売上高が150億円以上減少。修学旅行のキャンセルも2000件を超えている。発生から1ヶ月が経過し、少しずつ落ち着きを取り戻してきたように見えるが、いまだ先行きは不透明だ。旅行業界は現在、どのような対処方法を取り得るのか。大手PRコンサルティング会社のバーソン・マーステラ・アジア太平洋地域社長兼最高経営責任者で、危機管理分野に精通したサイモン・パングラヅィオ氏に話を聞いた。同氏はSARSの際に旅行業関連のクライアントを担当した経験がある。


−SARS禍での経験についてお聞かせください。また、SARSと新型インフルエンザ「H1N1」にはどのような差異があるでしょうか

 SARSの際には、シンガポール政府観光局本局や東南アジア諸国連合をはじめ、旅行業界に関係するクライアントのプロジェクトを担当した。その活動が素早いリカバリーにつながったと評価され、複数の企業や機関から危機管理に関する表彰を受けている。

 SARSと新型インフルエンザを比較すると、新型インフルエンザの方が対処がより困難といえる。これは、SARSの場合感染の範囲がアジア中心であったのに対し、新型インフルエンザでは世界各国で感染者が発生していること、また、毒性が弱い一方で感染力は強いなど、危険性の判断が難しいことが理由だ。ただし、旅行業界にとっては、発生している「事実」と消費者の心理的な「恐怖心」の両方に対応しなければならないという点で、対処方法は基本的に変わりない。


−対処方法ですが、具体的にはどのように進めるべきでしょうか

 このような危機への対策は、コミュニケーションの戦略からいえば基本的に「初期対応」「恐怖心の緩和」「リカバリーへの取り組み」の3つの段階に分かれる。初期対応では、まず信頼性の高い情報を収集することが重要だ。信頼性の高い情報とは、このような場合、世界保健機関(WHO)や各国政府の公式発表となる。次に、消費者の恐怖心を緩和する時期においては、その時点で講じている対策や対応を具体的に伝え、客観的に安全性を判断できるよう説明する。そして最後はリカバリーに向けての行動だが、これは旅行業界が一体となってキャンペーンなどを打ち出すべきだ。

 SARS禍では、コミュニケーションに重点を置いた総合的な戦略を実施し、あるクライアントに対しては危機下での効果的なコミュニケーションを身につけるためのトレーニングも実施した。


−現在取りうる対応策は

 現在は、少なくともリカバリーに向けた行動の計画を立てなければならない段階にある。この時期に対応を計画できている集団は素早い回復が可能だ。キャンペーンなどで打ち出すメッセージは、海外旅行、国内旅行、訪日旅行でそれぞれ異なる可能性はある。例えば訪日旅行であれば、諸外国に対して日本の日常生活が正常に戻りつつあることを伝えるべきだろう。また、消費者は国内が安全でなければ海外にも行かないことにも留意が必要だ。そしてその際には、旅行会社や航空会社など関係者の力を結集することが重要だ。

 リカバリーの計画を実行に移すタイミングは、政府やWHOの“終息宣言”や“安心宣言”といった、公式発表が判断の基準になるだろう。


−日本市場は、報道や消費者が危機に対して過敏反応しがちといわれますが、こうした対応策は通用するでしょうか

 難しい問題だが、メディアの影響は世界中どこでも大きく、多少の差はあっても似たような状況にあると考えている。もし特別影響が大きかったとしても、その環境にあった伝え方をすれば良い。バーソン・マーステラも世界中でクライアントと仕事をしているが、それぞれの国や分野にあわせて判断している。

 むしろ、市民は情報を様々なところから得て判断する傾向にあるため、旅行業界からも声を出すことが重要だろう。旅行会社、航空会社、観光局などがそれぞれの役割を果たしているが、全体としてより大きな声を出すべきだ。SARSや新型インフルエンザのようなケースで、旅行業界は甚大な被害をこうむる。このリカバリーに向けては、持続的な取り組みが必要だ。


−ありがとうございました